有害サイト規制法案をめぐる立場の違い。
「国の関与」に反対系
- ヤフーや楽天などネット5社
- 「画一的な価値観の強制で、フィルタリングの正しい理解を妨げる」
- 全国高等学校PTA連合会
- 「子どもに何を見せるかの判断は保護者がすべきだ」として「法規制による性急な対応は、問題解決の手法として効果的ではない」
- 日本新聞協会
※一番と2番は、「「ネット規制法、保護者も子どもも迷惑」とPTA連会長 MS、ヤフーなどと会見 (1/2) - ITmedia NEWS」でちょっと細かいところが読める。特に全国高等学校PTA連合会会長、高橋正夫さんのお言葉がアツい。
- 「何を考えているのだろうと思った」(07/12月、総務省の検討会に呼ばれた際に初めて携帯フィルタリングの動きを知って)
- 「子どもや、その親である私たちを全く外し、国とIT企業だけで話を進め、一律でフィルタリングをかけるのは勘弁してほしい。なぜ保護者に一度も相談がなかったのか。急にやられて一番迷惑するのは子どもと保護者。国の方針で子どもたちを振り回さないでほしい」
- 「積極的に社会に発信し、いろんな情報を得ようとしている子どもにまで一律にフィルタリングをかける必要があるのか。子どもが親の手元にいる間に、いろんな勉強をしてほしいと思っている親もいる。親子で勉強できる環境をつぶしてほしくない」
- 「小学生と高校生が同じはおかしい。フィルタは学年で種類を分けたり、解除できるようにしていほしい」
この記事の時点では、てっきり「マスゴミ」が策源地なのだと予断してた。総務省だからw。実際問題、表現の自由の問題なら、「報道の使命」な「テレビ」が沈黙してるように見えたのも、ヘンだし。
ちょっと『IT企業』って曖昧過ぎてナニを指すかわからんところがあるのだけど、この規制で若いもんが「テレビ」に帰ってくりゃぁ、家電メーカーもおいしいように思えた。
しかし、その手の利権だけ動くなら、世の中苦労はあるまひ。起点にはなんか事情とゆうか、理想とゆうか、ただの「タテマエ」じゃ済まないものがあるはずだ。
高市早苗議員のインタビュー。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080502/155019/
- 背景は、この2年余りの間に選挙区で聞いて歩いた有権者の声。
- 子供たちの安全確保や地域活性化のために、情報通信インフラの整備やITスキルの育成が不可欠。
- その前提として安全なインターネット環境整備の必要性を実感した。
- 遠隔授業や、親のワークスタイルなど、メリットが多いハズだが、、、
- 「学校でそんなことを教えて、万が一有害な情報に触れたりすることをどう考えるのか」など「インターネットって危ない」という捉え方が根強い事に直面。
- そこで、まずリスクの部分をできるだけ克服して、親に安心感をもってもらうことが大事と考えるに至る。
- 色々な犯罪の問題。
- 子供達が被害者になるばかりでなく、加害者にもなっている。
- 犯罪の発生は、社会的コストの増大につながるし、日本の売りである「安心・安全」も損なう。
起点は理解できない話ではないというか、むしろ「よろしいんぢゃないでしょうか」と思った。1番2番とも、なんとかしたいぞというキモチはわかるし、どちらも大切なことだ。
しかし『内閣府の審議会が、業界団体や保護者の意見を聴取しながら定義を具体化し、有害情報判断基準を政令で定め』るのは、ちと行き過ぎっぽいねぇ、と思った。
- (自主的な対応では)残念ながら、事業者の中には何も対応してくれないところもあります。これは放置できません。
- 仮に、青少年有害情報の定義について法律に書き込まないで民間に対応を求めるとしたら、非常に無責任だと思います。青少年をどんな情報から保護するのかということを国が定めずに、事業者に義務や努力義務を課すことはできません。定義だけはしっかりしておかないといけない。あえて、条文に書き込みました。
- 表現が萎縮することはないですね。既に一部の都道府県条例による規制やインターネット・ホットラインセンターによる削除依頼がなされていますが、萎縮するどころか、違法情報ですら大量に閲覧できる現状です。
、、、わかった。煙たいんだコレ。
- 1番は、まぁそーだな。放置はいかんな、うんうん。
- 2番は、責任感溢れてますなぁ、そういうヒトが国会議員になるのだね、うんうん。
- 3番で、え。言い切っちゃったぞ?というカンジ。
『表現が萎縮することはないですね』。
そんな雑な表現で「有害情報」ゆわれても、照れる。
なんつうんだろ、私は真っすぐ生きてます。後ろ暗いところ等ひとつもありまっしぇん! 全てのヒトが、どっからどーみても、そうあるべきなのです。みたいな響きが出る。
正直かかわりたくねーと思った。曖昧に微笑んでやり過ごしたい。ぢゃあなんですか?このままで良いとでもゆうのですか?などと迫られてもダルい。
正しい/正しくないで言えば、1番の問題認識は「ただしい」。2番のキャラも「ただしい」。足すと3番。混ぜるなキケン。「起点」は分かるが、「表現」ってコトバをスチール物差しで測ったように使っちゃマズい。
余談
それはそれとして、この手の法案が話題になる事じたいは、「ネット」と「社会」を馴染ませてゆく上で、よい経験のように思う。
世の中全体としては、「テレビの中にちっちゃいおっさんが居ると思い込む」とか、電話をさして「まぁ〜あそこの奥さんは可哀想に、昼間っから黒い棒とお話して」とか、そのへんの牧歌的なとこが終わったアタリと思っているので。
PCであれ、ケータイであれ、「ネット」が世の中に出てまだ14年だ、14〜5歳と言えば、窓ガラス壊して回るとか、盗んだバイクで走り出すとか、なんかあんダロそーゆーのが。「電話と鉄道を駆使した広域強盗団」とか、「テレビを駆使したプロパガンダ」みたいのに驚くのは、これからだ。
だから「あえて」問題を提議した高市さんの行動には、一定の価値があると思う。ナニが「有害」でナニが「そうでない」のか、それはどうやって決めるべきなのか。ブログは日記なのか「スピーカーズ・コーナー」なのか、「自殺報道に関するWHOの手引き」を把握すべきなのは、マスコミだけなのか、そうではないのか。
正解なんかナイ。あるわきゃない。口を開く事に意義があると思うわけで。その点、テレビより新聞よりいろんなヒトの考えを読めるのは、ネットのいーとこザンスね。