そのひぐらし

 埼玉県川口市で男性会社員(46)が刺殺された事件で、殺人容疑で送検された中学3年の長女(15)について、知人らが「少女が凶器を使って殺人を犯す場面が含まれた漫画を読んでいた」と話していることがわかった。
 
 捜査関係者によると、長女の知人や学校関係者らは、「(長女が)友達から勧められ、最近、読み始めた」と証言しているという。
 
 長女が読んでいたとみられるのは、「ひぐらしのなく頃(ころ)に」。人気ゲームをもとにコミック連載され、テレビアニメや小説になっている。今年5月に映画化された。少女が突然ひょう変し、斧(おの)などで人を殴り殺害するなど猟奇的な殺人の場面がある。埼玉県警は、長女が漫画の影響を受けていたかなど、事件を解明するカギとなるとみて詳しく調べる方針。
 
 JR岡山駅ホームから今年3月、岡山県職員を線路に突き落として死亡させたとして逮捕された少年(当時18歳)の自宅から、この漫画が押収されている。2007年に京都府警巡査部長が二女(当時16歳)に斧で殺害された事件後、視聴者らから「事件を連想させる場面がある」との指摘があり、放送を休止するテレビ局が相次いだ。
 
 一方、長女が通う県南部の私立中高一貫校の校長が22日、記者会見し、母親(49)から「『勉強しろ』と厳しかったのは、父親より私だったかもしれない」と電話を受けていたことを明らかにした。
 
 長女は県警の調べに「両親から『勉強しろ』と言われてうっとうしく感じたことがある」と供述している。
 
 同校によると、母親は22日朝、校長に涙声で謝罪したうえで、「事件の原因は本当にわからない」と話したという。薬剤師を目指していた長女は1月ごろ、教諭との面談で「数学の成績が落ちてきたので文系の方向に進みたい。国際的に飛び回る仕事をしたい」と話していた。
(2008年7月23日03時09分 読売新聞)

 『長女が読んでいたとみられるのは、「ひぐらしのなく頃(ころ)に」』とのことだが、「そうみている」のはダレカ?この記事は明示していない。捜査関係者のようではあるが、本人の証言ではなく、全て『長女の知人や学校関係者ら』から組み立てたものだ。

 他方、本人は『「両親から『勉強しろ』と言われてうっとうしく感じたことがある」と供述』しており、お母さんも「『勉強しろ』と厳しかったのは、父親より私だったかもしれない」と述べておられるようだ。

 「勉強しろと厳しい親」と「ひぐらし」。候補はこの二つだ。事件の原因は本当にはわからないながら、記者さんとしてはなんか書かねば無能という事になる。

 前者は見出しとしちゃ弱いし人目も引くまい。しかし、世の親に自省と、自分の子との対話を促す契機にはなるだろう。

 後者は「分かりやすい悪者叩き」VS「表現の自由」論争の泥沼を産み、社会のリソースを、この事件の原因解明や再発防止から、奪う

 こういう書き方されりゃ「ひぐらしファン」はそりゃ怒る*1。怒っちゃったファンは、親のキモチや子育ての悩みには目が向くまい。「ひぐらし」を守るためになんでもするだろう。もしも世の親たちが「こういうのはちょっと14禁くらいにはしたい」などの段階的レーティングを求めても、耳を傾けなくなるだろう。また同時に、「ひぐらしさえなければ安心だ」という誤った受け止め方をした親達が、硬直的な規制を求めかねない。

 そんな事には意味がにゃい。

 「ひぐらし」の影響があったとしても、前者の対話の中で、その程度を見極めるほうが建設的であるように思う。

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080726追記:

  • 【衝撃事件の核心】肺まで貫通 父を刺した真面目15歳長女「強い殺意」のナゾ(sankei.jp)より
  • 普通に考えるならば、長女は強い殺意を抱かざるを得ない状況にまで追いつめられてしまっていたのだろう。だが、日頃の長女の姿を追ってみても、なかなかその形跡は見つからないのだ…。
  • 長女は積もりに積もった学習面でのストレスが何かをきっかけに一気に爆発し、犯行に至ったのだろうか。少なくとも事件前日、長女は学習面で鬱憤(うっぷん)がたまっていたことは間違いないだろう。
  • だが、かといってそれが父親の殺害にダイレクトに結びつくわけではない。
  • 県警では、長女の部屋からミステリー小説など10数冊を押収。この小説は猟奇的な殺人シーンがあり、これまでも凶悪事件を起こした少年らの家から押収されている作品だが、捜査幹部は事件との関連には否定的だ。
  • 「同級生も読んでいるので読んでみた、という程度なのではないか。小説の影響を受けて事件を起こしたようには思えないのだが…」
  • 「犯行に至るまでにはさまざまな要素があるはずだが、まだ何も分からずスッキリしないことだらけ。明確な動機があるのかどうかも含め、こっち(捜査員)もまだ頭の上に靄が立ちこめている状態だ」(捜査幹部)

 『何も分からずスッキリしない』とか『頭の上に靄が立ちこめている状態』というのは、あまり気分の良い状態ではない。「わかりやすいワルモノ叩き」というのは、そこから逃れるには手っ取り早い手段だ。しかし、それが再発防止に役立つ教訓に繋がる確率は、高く無い。

  • 「相手は15歳の多感な女の子だ。時間をかけてじっくり聞かないと、事件の本当の姿は分からないだろう」

 事件の本当の姿がいつ分かるのかは、誰にも分からない。もし分かったとしても、その頃には、みんな忘れている。そしてまた「わかりやすいワルモノ叩き」と「表現の自由」戦争に熱くなるのだ。

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*1:わしゃ絵柄の好みで見た事無いが