フェアユースなんて飾りです!!

「デジタル・コンテンツ利用促進協議会」の提言に懸念を持った。

上記によると当該提言は4項目。その筆頭たる『デジタル・コンテンツの利用に関する権利の集中化』が大問題と考える。

『デジタル・コンテンツの利用に関する権利の集中化』

  • 対 象:「原権利者の許諾を得て録画、録音、放送された、映画、音楽、放送の コンテンツ」。
  • 要 件:原権利者から特別の意思表示がない限り、権利集中を可能にする。
  • しくみ:ネットでの利用に反対する原権利者らが占める割合によって、権利集中できるか否かを決める。
  • 備 考:権利関係をできるだけ簡明にするという観点からすれば、一つの対象コンテンツにつきできる限り一人の法定事業者を特定すべき

TV番組のネット配信

TV番組のネット配信は、以下をクリアすれば可能。

  1. 番組著作権を持つ放送局が、
  2. 原権利者と、
  3. しかるべき契約と行い、
  4. その対価を支払う事。

上記は「NHKオンデマンド」が事実を以て示した。

TV番組のネット配信が進まないのは、キー局がこの手間を避けているからではないか? ただそれだけの話なのではないか? 「強欲な原著作者」や、「現行著作権法の問題」などの「分かりやすいポイント」に光が当たれば当たる程、この「不作為責任の可能性」は目立たなくなる。

配信者は慈善事業家ではない。有料であれ、あらたに広告を入れるであれ、カネの流れが発生する。そこで原権利者が「放送には同意したけど、ネット配信や再放送で儲けようというのなら、そのぶんは別に頂きますよ?」といったとしても、特に非難すべき事ではないだろう。少なくとも、特許料問題でたまにある「部品メーカからは貰ったけど、製品メーカーからも貰います」よりは理解しやすい。

払うかどうかは、また別の話だ。いくら払うかもまた別の話だ。それは「当事者間の話し合い」つまり交渉と契約ですることだろう。繰り返しになるが、現行制度下でもそれができる事はNODが示している。

芸事の基本は「囲いを作って客を入れ、中に入れるにゃ銭を取れ」だ。「囲い」は「お客様の善意」だったり「コワモテのお兄さん」だったり「小屋主との契約」だったり「DRM」だったりするワケだが、自分の芸をいつ・どこで・誰に見せるかの決定権を「本人の同意無く奪う国」に住みたい「芸人」はない。逃げ出すのが自然だ。

これも「誰かが発明した特許権を、他人が本人の同意も契約も無く奪える国」を考えると良いだろう。そうした制度は技術革新を潰す。先願主義であれ先発明主義であれ、例えエイズ薬が途上国の人の手に届かぬ値段で高止まりしていようとも、本人の同意も契約も無く特許権を停止するには「極めて重大な事態」が必要な筈だ。

『デジタル・コンテンツの利用に関する権利の集中化』は、無くても誰も死なない、飢えない、TV番組のネット配信も可能だ。

『一つの対象コンテンツにつきできる限り一人の法定事業者を特定すべき』

独占は腐敗と停滞を産む。独占は腐敗と停滞しか産まない。
公認にして、唯一の、法で定められた「デジタル・コンテンツの利用に関する権利の集中事業者」が、特別の意思表示の「手続き」を定め、多数決に参加できる原権利者の「資格」を定め、反対する原権利者らが占める割合の「算出方式」を定め、権利集中できるか否かを決定するならば、何が起きるだろうか?JASRACに対する音楽家の不満を見るがいい。論外だ。馬鹿げている。

なお、NODの交渉過程では、以下のような事例が挙げられている。

関本氏は、番組をNHKオンデマンド用に二次利用する際の許諾について触れ、「コンテンツ流通が進まないのはテレビ局が悪いとか権利者が悪いなどといわれているが、実際に許諾を得るのが難しいのは一般の方であるケースが多い」とした。
(中略)
最も困難なのが、アマチュアで「特選ライブラリー」向けの許諾を得る場合だ。「日本では、年間300万人の国民が移動しているといわれている。 『新日本紀行』など、30年前の番組の出演者を探し出すのは大変な作業だ。また、当時貧乏であった方、あるいはタケノコ族で不良だった方などは、『過去を暴くような映像を公開してくれるな』という人もおり、実際にクレームを受けた例もある。一般人として出ている方の許諾はいらないのではという考え方もある かもしれないが、実際にはここが一番大変な作業になっている」(関本氏)という。

「別に構わねぇよ」という人もあれば「いやオレは構う」という人もあるだろう。考え方はみんな違う。

それで良い。それがまっとうな社会というものだ。

これを軽視する者は、数多の不幸を生み非難の海に沈むだろう。何事も程度に依る。それは「著作権」のみならず、「権利関係をできるだけ簡明にするという観点」でも同じ事だ。

あとタケノコは不良ぢゃねぇ。そこんとこヨロシク。

「デジタル・コンテンツ利用促進協議会提言」の全体像

  1. 対象となるデジタル・コンテンツの利用に関する権利の集中化
  2. 権利情報の明確化
  3. 対象コンテンツの適正な利用と原権利者への適正な還元に向けた仕組み
  4. フェアユース規定の導入

4件中、上位2件までが「伝播回路」の利便性を増す。伝播回路というのは勝手な造語なのだけど、「テレビ局」や「配信事業者」の事だ。物販に例えて「流通」と言われる事が多い。「重要な事ほど先に書く」という観点からすると、3番はつけたし、4番はパンダという印象がある。

「特定された一人の法定事業者」が、自分の所に「集中した権利(1番)」を、現行著作権法宜しく細密化し、カイゼンし、建て増し温泉旅館にしてゆくならば(2番)、3番4番は「学級目標」でしかない。

自分はこれを、そのための提言と理解した。

NHKオンデマンド』の価値は、「伝播回路」が「原権利者への適正な還元(3番後半)」を進めりゃ物事は前に進むと示した事だ。日本のデジタル・コンテンツ流通に欠けているのは、この経験から得られる「さじ加減」であり、必要なのはそれを身につける為に口ではなく手と足を動かす事であり、それは1番2番より重要だ。断然重要だ。

NODに対しては他に思う所もあるのだけれど*1、この点に関しては、それでこそ「みなさまのNHK」と思う。価千金だ。

「デジタル・コンテンツ利用促進協議会」について

この手の団体は多い。

上記に挙げただけで5個。
うち三つは、官庁と業界団体が天下りを通じて一体化した「"事実上の統治機構*2"のコントロールが効く。官邸1、総務1、経産1。一つは自民党内の小委員会。これは自分には良く分からない。

08Q2にネットを賑わせたダビ10の迷走には、良い事が一つあった。「"事実上の統治機構"は、もはや状況をコントロールできない」が、多くの人の目に明瞭になったという事だ。

「デジタル・コンテンツ利用促進協議会」は5個中の最新。方々の記述を拾うと、顧問に甘利明さん(前経済産業大臣、自民)を迎え、設立総会には、自民党の「デジタル・ネット時代の著作権に関する小委員会」の関係議員も多く出席したと言うから、おそらく票とオカネがエンジンだろう。

人は利得で動く。その事は善くも悪くもない。残念だとも思わない。"米国型ロビー"は嫌いではない。"事実上の統治機構"より分かりやすいからだ。

結論

甲)以下の三つは、伝播回路が自らの責任に於いて行うべきものである。
  1. 対象となるデジタル・コンテンツの利用に関する権利の集中化
  2. 権利情報の明確化
  3. 対象コンテンツの適正な利用と原権利者への適正な還元
乙)伝播回路がその能力を持たない場合、専門の権利集約業者を育成すべきである。

端的にいうと「ハリウッド・メジャー」はそれで喰っている。

【ハリウッド映画に見るウィンドウ】

WINDOW1 映画興行 →0ヶ月
WINDOW2 機内上映 →1ヶ月後
WINDOW3 レンタル・セルDVD発売 →3〜6ヶ月後
WINDOW4 ペイ・パー・ビューTV →7ヶ月後
WINDOW5 ペイTV局 →1年後
WINDOW6 ネットワークTV局 →2年後
WINDOW7 ケーブルTV局 →ネットワークの1年後
WINDOW8 地方TV局 →ケーブルTV放映のあと
WINDOW9 インターネットによるオン・デマンド配信 →随時

(『ビッグ・ピクチャー』エドワード・J・エプスタイン著/塩谷紘訳/早川書房

彼らは実際に映画制作作業に入る前に、これだけのウィンドウ(消費者とサクヒンの接触機会/興行主から見ると収益機会)に「配信をする権利」と「関わる人のとりぶん」を交渉し、調整し、契約している。
これが「サクヒンビジネス」というものだ。

丙)日本で乙を目指す場合「放送と製作の分離」が必要である。
  1. 総務省の調べでは、国内で制作される映像の、時間にして9割以上はテレビ向けと言う(原資料未発見)。
  2. 番組の著作権NHKやキー局が抑えている。「製作・著作 NHK」。この「製作」とは「著作権の管理・保有」を意味する*3
  3. 経産省が平成17年2月にまとめた『コンテンツ産業の現状と課題(PDF)』は、以下の事柄を指摘している。
    1. 映画配給会社、テレビ放送局などのコンテンツ流通部 門が寡占的傾向にある中で、コンテンツの制作事業者は、制作資金調達、マーケティング等において流通事業者に大きく依存せざるを得ない状況にある。このため、コンテンツ産業では付加価値の多くを流通事業者が取得する構造にあり、コンテンツ自体の価値を創造する生産部門が必ずしも成果に応じたリターンを得られていない(P17)
    2. これは要するに、テレビ局の支配力がでかすぎると言っている。それが日本のコンテンツ産業の収益性を阻んでいると言っている。そして、『価値の創造者』に版権を持たせろと言っている。
  4. これに先立つ『アニメーション産業の現状と課題』 (平成15/2003年3月)では、打開策として以下を挙げている。
    1. 独占禁止法体系の厳格な運用
    2. プロダクションの自立支援
    3. キー局以外の流通出口を活用したビジネスモデルの促進

現在の自分の検索能力では、丙の3,4の流れは、いつの間にか立ち消えてしまったように見える。

現状、『伝播回路』が保有する政治力や資金力は圧倒的であり、『価値の創造者』など吹けば飛ぶようなものだ。しかし当然ながら、キー局やNHKが「基幹放送」である限り、そして地上波無料放送が「コクミンの娯楽」として圧倒的な存在である限り、「放送と製作の分離」は達せられず、従って日本のコンテンツ産業の振興も達せられない。

かかる状況下で、たかが「電波免許の管理人風情」の手取りを増やすだけの、「デジタル・コンテンツ利用促進協議会提言」は、百害あって一利無し。断然攻撃あるのみと考える。

中山先生が何を言うかより、事務局作成文書のほうが重要だ。

フェアユースなんて飾りです!偉い人にはそれがわからんのですよ!!

他に気にしている事。

  • TVドラマでは、スポンサーが払う制作費は5000万余り、これが実際の制作会社(孫請け)に渡る頃には1千万を切ると言う。
  • 経産省の調べでは、アニメでもほぼ同額の構造にある事が指摘されている。
  • これもアニメだが、近年主流の製作委員会方式では、製作委員の間で「波代」つまり放送料の高さが問題視されているという。
  • 番組制作会社の年収は200万を切るという。ネット上には「ユニクロ?そんないいもの着てるのか」と話題になるという話すらある。

*1:特にBBCが無料で見逃しサービスをやっている事と比べると

*2:これも勝手な造語

*3:実際に手を動かして作るのは「制作」という