テクノザウルス

再現性の高さ、すなわち「サンプリング精度の向上」は、ながらくデジタルのテーマだったが、多くのケースでは、CPUパワーもメモリも伝送メディアも「十分」になりつつある。従って;

これらの方向性は、どこかで限界効用逓減の法則にぶちあたる。「いつ、どこで、どのように」は不透明だが「いつか・きっと」*1

この事は「パラダイス鎖国」「ガラパゴス化」「井の中の蛙、井戸がデカいと尚更大海を知らず」などの、世界市場を失ってゆく観点のコトバでは表現しがたい。
他方、「ハイテクハイテク日本はやっぱりモノツクリ教」は揶揄的にすぎ、「内からの改革」に対し障害となる恐れがある。またそもそも、先端技術動向を知らずにアルダスにはなれない。

「テクノザウルス」あたりが適当かと思った。今*2

*1:多くのケースが「JPEGで十分」なら、JPEG 2000の普及余地は薄い。

*2:マイケル・クライトンさんの「メディアザウルス」に倣って。