ご一新には時間がかかる。

日本のような行政中心の統治システムは、後発国の「追いつき型近代化」のために資源を総動員するには適しているが、経済が成熟して資源を最適配分することが重要になると、うまく機能しなくなる。

ようは発展途上国開発独裁だと思う。中心にいるのが「独裁者」でなく「みんなで豊かになろ〜よ」って気持ちだったとこが違う。実際そうなったわけだし、全体としては誇りに思ってもよい事だと思う(もちろん角栄さん含めて)。
とはいえ。遅くともバブル崩壊で上記を支える前提は崩れ去ったと思う。その一方で、体制のほうは長らく残った。
一度出来上がった体制というのは出来の悪いプログラムのようなもので、周囲の状況お構いなしに勝手に動く。やめて!サンタさんの袋はもう空よ!みたいな状況になっても、「サンタ・プレゼント・クバル…」とか言って止まらない。トナカイもソリも質に入れちゃったっぽい。その姿や「幸福な王子」か「捨身飼虎」かとゆう感じであり思わず涙あふれるおはなしだが、日本語で言うと「赤字国債」とか、「かんぽ・ゆうちょの財政投融資」とか、、、ゆー感じになる。
また本来は軍備増強に回すべきぶん〜〜自民党の結党理念である自主憲法制定はソレを含む。〜〜まで配っちまったもんで、いやおかげで日本はそのぶんまで豊かになったわけだが、、、どうもカツアゲに弱いw。たとえばジャイアンに、「てめー1ドル240円なんて安すぎだー120円にしろー*3」とか、「てめー米国債売り払ったらどーなるかわかってんだろーなー?」とか言われるとブルっちゃう。ちと自警団を充実させるなり塀を補強するなりした方が安上がりだったんでないかという気がしないでも、ない。

しかし、政権は変わった。「ついに」というべきか、「イマサラ」というべきかは判らないが〜〜それを決めるのは何十年か先でいい〜〜。ともかく「次」をデザインしなければならない。

この点で、経営工学の博士号をもつ鳩山由紀夫氏が首相になるのはいい機会だ。彼の専門はOR(ネットワーク理論・ゲーム理論)だというから、最適配分の専門家である。大学でゲーム理論を講義できる首相が誕生するのは画期的なことで、システムを合理的に設計する技法については、オバマ大統領よりはるかにくわしいはずだ。

ちなみに日本が工学部系の首相を持つのは二人目(角栄さん以来)。そういう意味では期待がかからなくもないのだけど、あまり期待し過ぎるのもよくないなと思う*4

■理由の第一は、「日本固有の理系と文系の断絶」だ。
ど文系の自分の理解では。「理系」は「妥協なき真理の追及」って事で、文学や哲学や宗教と同類に分類している。「工系」は「望み得る最善の追求」って事で、政治学や精神医学と同類に分類している。ナニ違和感バリバリだ?理系と文系なんて、鯨尺とインチ尺程度の違いでしかねぇよ、モノサシの目盛りが違うダケだろ?…というような理解はあまり一般的ではない。などと偉そうに言ってるオイラもヤード・ポンドで来られるとお手上げでなんでぃ。イヤ、ごめんなさいごめんなさい。

また自分は、鳩にぃさまがよく使う『友愛(fraternity)』に違和感がある。アレたぶんフランス革命の「自由・平等・博愛」が元ネタだと思うのだけど、まずfraternityは「博愛」ぢゃない。手許では、なんらかの価値観を共有するモン同士の「同志愛/同じ釜のメシ喰ったナカマ意識」、的な言葉と理解してる。だもんで定着してしまった「自由・平等・博愛」とは別に、単独で使うときは『友愛(fraternity)』て言うのが流行ってるみたいなのだけど、自分はこれにもまだ違和感がある。もっとなんつうか、こう、「イェニチェリの戦鍋旗(カザン)」みたいな。

すいませんすいませんヘルシング好き杉ですいません。…もうちょっとまろやかにソフィスチケートすっと、「自由・平等・連帯」みたいな。一国民主主義イクナイ!全ての絶対王政たおすべしっ!連帯っ!連帯っ!虐げられし全ての人々にっ!とガスガス戦争しかけてく、みたいな。オーストリアプロイセンもロシアもイングランドもfraternity!みたいな(よし、まろやか!)。だもんで、体制の違う国に向かって『友愛(fraternity)』言うのは、先方の取りようによっては、地味〜に「戦る気?」て印象が出ませんかねアレわ。「友愛」て漢字で理解してくれる相手はともかく、「fraternity」で理解されると。

いずれにせよ、「日本固有の理系と文系の断絶」は、さまざまな局面で「総合的な判断」を阻害すると思う。政策的な「最適配分の見直し」は、こうした皮相なレベルでは済まない。視野の狭い教条主義者は日教組やアグネスタソやネトウヨ嫌韓厨や表現の自由原理主義者ばかりではない。ガラパゴス言われて逆切れする「視野角度にゆとりない技術者」や、電子辞書にワンセグつけちゃうような「テクノザウルス」も、同じくらいにマズイと思う。

もしかしたら。日本には、ほんとうの意味での「ユニバーシティ(総合大学:「幅の広い教養」を磨くとこ)」がないのかもしれない。これはかなりキツイ。誰かが「総合的な望み得る最善」を見出したとしても、理解されにくいからだ。教育体系の再構築で多少の手当てはできるにしても、効果が出るのは次の世代になる。

■理由の第二は、「日本固有の終身雇用に由来する既得権益の堅固さ」。

ちきりん 特に“勝ち組”と呼ばれる人に、客観的な視点を持っていない人が多いですね。新卒のときに勝ち組企業に就職すると、そのままずっとそこで働き続けるので、彼らは1つの視点しか持っていない。
 いろんなことを経験した人たちから「世の中こうなんだよ」と言われても、彼らからすると「お前らはどうせ負け組。オレたちのような安定した大企業で働くことができなかったんだろう!?」といった“色メガネ”で見る傾向がありますよね
上杉 日本社会での勝ち組って、世界の常識でいうと負け組なんですけどね。
ちきりん 確かに。

個々人ではそうでない人はもちろんいっぱい居るのだけど、「集団として、組織として」ものを見る時には、このへんむき出しになる事は、ままある。なにしろ高名なジャーナリストが、赤字の新聞を保護するために国費投入を求めて「500億で足りよう」、とか言い出すほどだもの。

別に新聞に限った話ではない、乱暴に言うと、「最適配分をやるシカケの見直し」に対しては、「山手線の内側に事務所を構える組織の全て」が、「抵抗勢力」となる可能性がある。だって「一億総中流」をやるためのシカケ、すなわち「大きな政府」をやめて「自由競争」にもってくのか(小泉改革)、それを補正するなら(現政権)、「痛みをどう分け合うか」って事だから。

■理由の第三は「日本固有の政策シンクタンクの不在」だ。
池田さんは以下のようにおっしゃるのだけど。

政府が直接介入しないで人々のインセンティブを生かして効率的な結果を実現する制度設計を考えてほしいものだ。

基本激同(趣味的には政府が直接介入しようがしまいが、結果さえでりゃどっちでもいい)。でも、そうした制度を設計するには、官僚機構から独立した政策研究機関が居る。それは官僚機構に匹敵するほど優秀でなければならない。

ところで、猪瀬直樹さんにこんな話を聞いて驚いたことがある。
道路公団民営化のときに、国土交通省から出された数字を再計算したいと考え、日本のあらゆるシンクタンクに再計算を頼んだ。
しかし、依頼したシンクタンクすべてがそれを断わった。
なぜか。それらのシンクタンクが役所から仕事をもらっていたからだ。
それで、これは困ったと、彼はシンクタンクにいる個人的な知り合いにも頼んでみたがだめだった。

09Q3現在の日本には、「サンタさんのプレゼント」抜きでやっていけてるシンクタンクは絶無に等しい。資金の問題だけで言うと、この「サンタ・コントロール」は国公立のみならず、私大にも効く。「学の独立」ゆうても、経済的に自立してなきゃあ、組織としては抑制が働く。

しかし、あるシンクタンクの男が「私がやろう」と暗黙に仲間3人を集めて再計算をやったそうだ。

このお志は尊いが、「出所はどこだ?出所の明らかでない再計算など信用できない!」という弱点を払拭できない。自力で検算できる人は自力で信頼性を確保できるけど、世の中はそうでない人のほうが、多い。この場合、勝つのはメディア・コントロールに長けた側だ。

■第四の、そして最後の理由は、構造改革にかかる時間の問題。
池田信夫さんはあんまし言ってないけど、巷間では「明治以来、明治以来」と言っている。維新の元勲は、新政府の骨格を固めるまでに十年以上をかけている。今の政府のシカケだって、55年体制、60年安保、所得倍増計画、、敗戦から15年掛けてその程度だ。

そんなわけで。

*1:参考は旧ソ連の5ヵ年計画。戦中の国家総動員体制との違いは、「戦争遂行体制」ではなく、「起こりえる対ソ戦争に勝ち残るため必要な国力を培養する計画」であること。そのために「最低10〜20年程度の平和が不可欠」とされたこと(だから60年安保ちょー大事)。ご存知のとおり「最低10〜20年程度の平和」は日中戦争の勃発で崩れ、さらに対米戦とゆーむちゃむちゃ想定外の方向にいってしまふ。

*2:背が高いかどうかは知らん。

*3:プラザ合意…これを凌いで見せたわけだから、当時の日本の製造業はバケモノだ。

*4:4年後にまた180度回頭てのはウマクナイ