太陽族条例と文化戦争
「100歳の魔法使いが少女に変身したことにすれば」「学ラン姿だけど留年した成人男性の設定で」―。順法精神のある漫画家や読者は真剣に考えた▲
「非実在青少年」の響きに痛快さと危うさを察知したからだ。東京都の青少年健全育成条例。漫画やアニメ、ゲームの登場人物の性行為を規制する前代未聞の改正案は否決された。が、あの文言を削除して12月都議会に再提案されている▲
問題は言葉ではなく、表現内容への公権力介入だ。いわゆる不健全図書をめぐる議論は出尽くし、指定制度による制限も機能している。都の意固地ぶりは米国のダーウィン論争や中絶論争をほうふつとさせる▲
新しい改正案は「刑罰法規に触れるか、近親者の性交を不当に賛美・誇張して描写したもの」を対象に、青少年への販売を禁じる。明らかに規制の網が広い。弟と結婚したクレオパトラの物語さえ、さじ加減で摘発するのか▲
たとえ規制が強化されても心配な親は言うだろう―「漫画なんて読まずに勉強しなさい」。その言葉、そのまま都に贈りたい。2次元世界にのめりこまず、現実の犯罪と向き合いなさい▲
「石原慎太郎知事が小説家としてどういう作品を書いてデビューしたかもご存じだと思う」―改正案に反対する漫画家ちばてつやさんの談。そう、知事の小説をもとにした映画がきっかけで映画倫理委員会は発足した。
『そう、知事の小説をもとにした映画がきっかけで映画倫理委員会は発足した』
- ■1956(昭31)年
以上、おもに日本表現規制史年表より(以下同じ)。この後も映画屋さんは手を代え品を代え新ジャンルを開拓しては世の分別あるオトナを怒らせている。うけけw。そーねぇ。100歳の魔法使いが変身ねぇw。
基本的に「表現の自由」って世の中の外辺部から中央部の倫理道徳常識法律規制に向かって「それはホントにソレでいいのか?」と揺さぶりかけるもんだからねぇw。常に双方は対立するが、この対立が「よのなかの平衡」を保つのだ!とかなんとか言い張って銭儲けするモンだからねぇw。シンタロさんも昔は解ってたと思うんだが、仕方が無い。高い所は空気が薄い。
ところで1956というのは「もはや戦後ではない」
つまり流行語大賞的には「日本経済は戦前レベルまで復興しましたわーい!」という年*1。だけど真意は「さてこの先成長するにはどうすれば?」、、、という時期。今から見ればちょっとした踊り場にしか見えないのだけど、リアルタイマーの経済官僚さんなぞは、夜も寝られずうんうん唸ってたトコだろう。
その後の流れは「希代の詐話師(後藤譽之助 - Wikipedia)」にハメられた。と、捉えるのが簡便でスキ。そのココロは「イノベーション=技術革新という"誤訳"を広めて世界の工場を目指すのだ!」、、、まぁなんというか、モロにドツボにハマってる。60年代は所得倍増、70年代は角栄用水、80年代はジャパン・アズ・ナンバーワン(譽之助ミームおそるべしっ、これがコトバのチカラとゆうものかっ*2)。
その中で、みんながゆたかになっていく中で、我々の「表現の自由」はぐんぐん幅を広げていった。
だから近頃話題の「東京都青少年なんたら条例」とは大背景が違う。朝日は漫画界に公開質問状を出してない。逆だ逆。都を詰問している。東京地婦連が「あなたも子の親」と業者に働きかけてるわけでもない(1976(昭51)年)。逆だ逆。都に対する意見書に名を連ねている。
- 都が「青少年ケータイ」推奨・フィルタリング強化 青少年育成条例改正案 - ITmedia(2010年03月12日)
東京都地婦連はネットとの縁は薄いが、「第2次世界大戦に向かう空気を知っている高齢の会員も多い。表現の自由や通信の秘密は何より守りたいという考え」(地婦連事務局次長の長田三紀さん)で、意見書に賛同したという。
どんだけ広義に捉えても「もはや『戦後』ではない」。彼我戦力の構成要素が異なる。景気がちがう、政治がちがう、よのなかのふいんきがちがう。それらが異なる対立構図は、『戦後の戦訓』にはない*3。
「太陽族」のやってる事は、コチラの流れと、ちと似てる。
- ■1937(昭12)年
- ■1938(昭13)年
- ■1939(昭14)年
- 10月 映画法施行(劇映画脚本の事前検閲や外国映画の上映制限,年少者の観覧制限,文化・ニュ−ス映画の義務上映等を規定)
- ■1941(昭16)年
1920年代はWW1バブルの崩壊に始まり、その不良債権が関東大震災(1923)で「震災手形」に混ざってしまって処理がなかなか進まぬまま、昭和金融恐慌(1927)、男子普通選挙(1928)を経て世界恐慌(1929)を迎えている。ここで成立した浜口内閣は世界恐慌を読み切れず、よくある景気変動の一つと認識したまま金解禁(1930)を断行、「嵐に向かって雨戸を開く」結果となった。
その後高橋是清の日銀引き受けによる軍事予算増額などで、日本は世界恐慌の混乱を世界最速で脱するが、世間には、この10年の間に「マネーゲーム」に狂奔し、濡れ手に泡で大金をせしめた「資本家・銀行家・資産家・投機筋」への反感が渦を巻いていた。10Q4っぽく言うと、庶民は「行き過ぎた市場原理主義の是正」を求めていた。雇用の回復を求めていた。大学は出たけれどの対策を求めていた。
とはいえ。「庶民の全員」が「均等に苦しんでいた」ようには思われない。下図は、軍人官員教員社員〜今っぽく言うと正規雇用〜は、1920頃の大戦不況の中で、逆に余裕が増した事を示す様に見える。人口構成比で言えば大多数の農家は、米価が上がった事で潤ったにしても、その恩恵を受けたのは大地主や不在地主で、特に明治初年の地租改正以来、困窮して増え続けていた「小作人」には届きにくかったと思われる。大戦不況というのは、雇用の不安定な職人・職工さん(その職を求めて農村から出て来た層)が、帰省の汽車賃もなく徒歩で故郷を目指した時代だ。彼らは、帰り着いた先で、身売りの根絶を欲した事だろう。
いわゆる「昭和大衆文化」を支えたカネのデドコロは、大戦景気で潤った資本家ではなくコチラかと思う。ゲンミツには時期のズレるものも含むが、雑誌、レコード、ラジオ、映画、三越、宝塚、鉄道沿線の分譲住宅、円本ブームと日本型全国紙。など 山川 詳説日本史図録(第2版)P252より。 |
仮に。昭和初期の「表現の自由」は、このカネ(大正デモ暮らし)と大正デモクラシーに支えられて、ぐいぐいと羽根を伸ばしていったもの、とする。『1930年、日本最大の盛り場と言われた浅草は、 「エロ」を売り物にするレヴュー団で溢れかえっていた』。
一方で。少なからぬ人々が「党利党略に夢中で再建の実を挙げない政党政治」に倦んでいた。『大正デモクラシー―シリーズ日本近現代史〈4〉 (岩波新書) P241』によると;
『東京朝日新聞』(1932年1月3日)は、「政治の習律となってまだ日浅き政党政治が、既に国民のけん怠を買い、更にぞう悪の的とまでなった原因は第一に腐敗、第二に無能である」「しかも最近政治の局面が満州事変、財界大動揺によって未曾有の重大性を帯ぶるに伴れ、一層政党政治を頼りなく思うの情が強化した」と述べた。
その後の流れ〜1937(昭12)年10月の内務省・文部省を主務省にした国民精神総動員運動の開始など〜については、もちろん、軍部の行動が最も目立つ。だが徴兵制のもとで集められた兵隊さんらは、過半が農村部の出身だ。彼らを命令通りに動かさねばならない日本最大の官僚組織のふるまいを、一口に暴走と呼んで済ませる事は難しい。またこの時代、高級官僚の意識が変化しつつあった事も見逃せない。『1940年体制―さらば戦時経済』によると、彼らは『いままでは法律立案運用解釈のコンサヴァティヴ・エンジニアであったが、これからはクリエーティヴ・エンジニアでなければならぬ』などと言い交わしていたようだ。ひらたく言えば「政治主導ぢゃどもならん」という事だ。
ちと話がズレるがもしかして…。『この戦時中に漫画などというふざけたものは掲載を許さん』と少年倶楽部に迫った内務官僚というのは、「帝大システム」にチャンスを与えられた農村出身者だったのではないかとも思う(あるいは、小作人層のくらしむき向上に使命感を燃やす正義感の持ち主)。もちろんこれは根拠のない妄想だが、当時「少年倶楽部を毎号買ってもらえる家」が「余裕のあるほう」だったのは確か…まぁその話はともかく。
こうして、軍部でも官界でも政界でも市井でも様々な研究会や政治結社が結成され、当時の日本は、様々な国家改造論や新体制論が噴出する「一億総ブレスト状態」になっていた。それらは、概ね1940年頃までに、ソ連のように全てを国営にする経済体制ではなく、産業を、官営・半官半民・ゆるやかな自由、の三分野にわけて「行き過ぎた市場原理主義を抑止しつつ成長し、その果実をなるたけ平等に分け合う」という方向に収束していった。
「特定の黒幕」が居た訳ではない*4。思想も傾向も守備範囲もバラバラの人達が、なぜかある時期、同時多発的に、一つの方向に、いがみあいながら協力しつつ、シンクロしていっている*5。おもしろい。粘菌かなにかのようだ。
戦前の言論統制は、その為に君達に出来る事はなんだ?私たちにできる事はなんだ?という文脈の先にあるように思う。戦前の娯楽や報道で、明白に体制に楯突いた事例を自分は知らない。戦争も押し詰まってから「B29に竹槍」で南方に飛ばされた新聞記者くらいだ。だがその新聞は20年代30年代、『政治の習律となってまだ日浅き政党政治』にナニを書いていたのだろう?第一にブレてる、第二にルーピー、と国民のけん怠とぞう悪を煽っていたりはしないだろうか。人が異論をのみこむのは、空気や他人の事情を慮ったりするときだけではない。おもいあたる節がある時や、後ろめたさがある時にも、そうする。
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昨今では、自分の娘の写真とって売る親も散見される。それは「表現の自由」の問題ではないし、ゲンミツには「児童ポルノ」というより「児童虐待の記録(チャイルド・アビューズ・マテリアル)」なのだけど、ダレだってそうゆう話は思い出すのもイヤ!思い出させるものもイヤ!てキブンで頭が一杯になる時もあるだろう。もしそうした事件が増えてゆき、我々の社会がそれにハドメを掛けられないなら、いずれアノ手の条例の成立は避け難いものになってゆく。
と、考えて。敢えて地婦連の『第2次世界大戦に向かう空気を知っている高齢の会員も多い。表現の自由や通信の秘密は何より守りたいという考え(参考)』にノッて見ましたココは。
『都の意固地ぶりは米国のダーウィン論争や中絶論争をほうふつとさせる』
- アメリカ第二の内戦「文化戦争"Culture War"」 | Kousyoublog(2010.04.03)
1960年代以降、アメリカでは甲伝統文化擁護派の宗教的な保守主義者と乙カウンターカルチャー推進派の自由主義的な世俗主義者との間での対立抗争が激化し、政治、社会を巻き込み、時に軍事的な衝突の様相すら呈すほどに激しさを増しているという。
アメリカにも「総中流時代」と呼ばれる時代があった(但し黒人は除く)。ざっくりで50年代。60年代もアポロ計画とかあって豪気なものだが、公民権運動や、1950から関わり始めたベトナムが火を噴き出す。そこを起点に景気が昔ほどではなくなってゆく中で、将来に不安を感じる事が増えれば増えるほど、甲「古き良き社会を懐かしむキモチ」が大きくなってゆくのは、自然現象かと思う。それに対して乙「いままでどおりでいいぢゃない」と言う側が安く見えるのも自然現象だろう。
日本でもこれに類似した状況(経済的な気候変動)は明確になりつつあるが、自分はこの中での「甲乙の仕分け」は、「そのとき、キミはナニに縋るか?」の違いでしかないと思う(だからあの条例にことよせて「戦前右翼」VS「正義リベラル」な構図や、「キリスト教原理主義を持ち込むヤツラ」VS「表現の自由」な構図に落とし込むのはかなり安っぽい。「頑迷固陋で保守的で、自分のアタマで考える事を忘れたリベラリスト」は、そのへんに佃煮にするほど居るし、大正デモクラシーや40年体制の思想的バックボーンの中には、自分のオツムでは同時期の〜そしてGHQ、特に憲法草案制作チームの〜ニューディール・リベラリズムと見分けの付かないものもある)。もちろん日米では文化圏が異なるので宗教や倫理観が全く同じという事は有り得ない。「縋る対象」は日米で地味に異なる。
だが「戦略」とは普遍的なものだ。
特に悪名高いのがステルス戦略と呼ばれるもので、公職選挙時に競争相手の候補者に知られないように隠密に進める運動のことだ。アメリカの教育委員会制度は いくつかの制度が併存しているが多くの州で公選制が取られている。80年代までは概ね無風選挙で各委員が決まっていたが、クリスチャン・コアリションはそこに目をつけた。隠密裡に立候補者を立て、候補者は表立っての選挙活動は行わず教会のネットワークを駆使して教会会堂内での有権者登録勧誘などを通して運動し、投票日に当選してみせるという例が続出。教育委員会の過半数を握ると公立学校での祈り復活、創造科学の促進、性教育制限など教育現場における保守派 の主張を押し通した。これに対してリコールなども続発。90年代、教育委員会選挙は文化戦争の主戦場となっていったという。
両勢力のこのような手段を選ばない抗争が民主主義の機能不全をもたらし、90年代に利益団体政治化が進んだ。
そらー、まー。教会の建物ん中で「公立学校でもお祈りしたほうがいいよねぇ?」とか「進化論てアレだよねぇ?」とか「最近の性教育ってどう思う?」言われたら、いくらオープン&フランクかつ個人主義で自己主張を尊ぶ米人といへども、TPOてもんがありますわな。
仮に。「彼ら」が、『表立っての賛成運動は行わずXXのネットワークを駆使』するとすれば、その『XX』に相当するものはナニカ?、『教会会堂』に代入し得るのはドコカ?
- 空の森 : 東京都青少年健全育成条例。推進派への疑問(2010-11-27)
平成22年7月 市内PTA連合協議会の理事会に参加。
前日までに通達されていた予定にはない東京都青少年治安対策本部総合対策部少年課副参事が来て、
各小中学校のPTA代表の前で、「不健全図書」についてこう語りました。
「現在は子供が自由に手に取れる一般の漫画売り場に、
本来18禁コーナーに設置されるべき漫画が陳列されているのが現状です。
青少年にふさわしくない漫画等を東京都が不健全図書として指定し、
成人コーナーへの移動を販売者に義務付けるという内容の改正案を
都議に提出していましたが、
『表現の自由』を侵害する恐れがあるとの反発があり、
6月の議会で否決されてしまいました。
9月の議会手出を目指したいのです」
と説明しながら、参事は
幼女の写真集とDVDを数点、
どう見ても通常の書店のコミックスの棚には並ばない18禁コミックスを数冊を「おかあさんたちはこのような恐ろしいものが、普通の本屋で、
子供たちの手に届く形でおいている事を知らないので、こうして持ってきているんです」と言いながら、約50人近くの父兄(PTAなのでほとんどが母親)
に、回覧させはしめたのです。
子供の保護とか、子供が危険な目に会っていると言いつつ、
回覧された写真集やDVDのパッケージに映る子供の顔にめばりしていないので
個人が特定できる恐れもあるのでは?
コミックの方は、過激な性表現シーンすべてに付箋を貼ってあり、
あえてそこを見るように指示し、
「このような本が、「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」と同じ棚に並べてある」
と言い切りる姿には、ものすごい違和感がありました。
そんなんしとったらどっちも売れんで潰れとるわ!
のうみそバイト以下か『副参事』w。
つかその場で説教しろよ『東京都青少年治安対策本部』の名刺出して。
呼ばれてもねーとこで条例の支持集めに回るってアリなの?。
その肩書きでやっていー事なの?ソレ?
しかも議会で『否決』されたやつw。
ナニもんぢゃおのれらw
内務省の俗悪マンガ浄化運動かっ!!w
いやー、びっくりしたなぁw。東京はおそろしかトコばいw。
『おかあさんたちはこのような恐ろしいものが、普通の本屋で、子供たちの手に届く形でおいている事を知らないので』だったら大した問題ではないのでは?ガキどもがバンバン手に入れてるのだったら、PTAなり地婦連なりが声を上げるのでわ?バンバン手に入れてるのにみつけられないお母さんばかりだったら、そこまで子供達と没交渉(というか没干渉)て事だし、それってほぼ「ネグレクトのパンデミック」だし。そっちのが青少年治安対策的にやべぇですって。
『Togetter - 「都条例改正問題 12/9都議会 総務委員会レポート」』に、上記の巡回と思しきやりとりが記載されている。肩書き等を付して再構築すると、以下の通り;
- 吉田理事(共産党)「あなた方はPTAに規制の説明に廻っているらしいが、具体的に何をやってるんでしょうか?何件くらい廻られましたか?」
- 浅川参事(東京都)「6〜11月に81回行いました。現地で具体的な図書を父母に見せて規制の趣旨を説明しました」
あのー、マジ手段はちょっと選んで頂きませんと、仁義なき抗争が民主主義の機能不全をもたらしますわよ?ネット業界と出版業界が合同して『利益団体政治化』が進みますわよ?バラバラの都民がふるさと納税しちゃいますわよ?もうちょっと都議会のスケジュールじっくり議論できるように考えてもらえませんかね?時間かかっても迷走してもいいぢゃないですか。議事堂でも集会でもWeb上でも議論になればなるほど、みんな「どうなんだろう?」て考えて、知恵も手もカネも出してくれる人が増えてくのでは?。