親父にもぶたれたことないのに!

 ふと自衛官の自殺のニュースが目にとまった。

 自衛隊の2007年度の自殺者は83人。他の公務員に比べ突出しているが、原因がはっきりしない自殺が大半で、防衛省も有効策を打てないでいる。
 
 防衛省によると、07年度の自殺者は陸上自衛隊が最も多く48人で、海自23人、航空自衛隊が12人と続く。このうち、半分以上の48人の自殺原因は分かっていない。
 
 07年度の自衛隊員10万人当たりの自殺率は34・4人。05年度の国家公務員平均は17・7人だった。
 
 海自の護衛艦は、狭い空間で、かつ同じ顔触れが長期間生活する特殊な仕事場。ある海自幹部は「閉鎖的な雰囲気が心理的圧迫になるのは事実。しかし、船で暮らすのはそもそも“海の男”の条件だったはずなのだが」と困惑する。

 太字部分を見るとちょっと多いかなという印象。年度が揃ってないとか、生死の掛かかる仕事なのだからストレスも多いだろうとは思うが『半分以上の48人の自殺原因は分かっていない。』というのは、ちょっとマテとゆう感じだ。

 これらの記事は、昨日、99年に海自艦さわぎりの3曹が自殺された件で、福岡高裁控訴審判決がでた事の余波らしい。

 判決によると、上官は自殺前の約2カ月間「おまえは覚えが悪いな」などと言い続けたという。自殺前に話を聞いていた両親によると、宮崎出身の3曹に入手困難な宮崎の麦焼酎百年の孤独」を催促、飲めない酒を強制した上「おまえは『百年の孤独要員』だ」と侮辱したという。また「いじめ、賭け事は日常茶飯事。言葉による暴力がひどい」とも話し、同僚らには「眠れない」などと訴えていたという。

 率直にこの上官の言動には眉がひそまるが、牧弘二裁判長も以下のように評している。

「技能練度の評価にとどまらず、人格自体を否定した」として違法と判断。3曹は上官の言動によって、うつ病になったと認定し、「上官は、3曹の心身に変調がないか留意、観察して対処する安全配慮義務に違反し、侮辱的な言動を繰り返した」と結論づけた。

 同記事によると『3曹は1997年、海自に入隊した。99年3月からさわぎりに乗艦し、同年11月に、艦内で自殺』との事なので、自殺された方は9ヶ月間(max値)、さわぎり艦内でこの上官の下にいたと思われる。んで、上官のほうもmax9ヶ月「覚えが悪いなこのやろう」と苛ついていたと思われる。

 人間関係が限定される艦内では逃げ場というか、ストレスを発散する機会は僅かだっただろうし「出社拒否」みたいな手も使えない*1。上官のほうも「オレの接し方はコレでOKか?」と我が身を振り返るチャンスは多く無かったと思われる。

 実際に亡くなられた3曹さんが「覚えが悪かった」かどうかは知る由もないが、一般的に「覚えが悪い部下」は苛つくものだ。特に軍隊では生き死にに関わるのでさらに苛つくだろうなと思う。さして重圧の掛かっていない組織でも、能力の低い者(あるいはそう看做された者)に「いじめの矛先」が向かうのは珍しい事ではない。それでなくても『狭い空間で、かつ同じ顔触れが長期間』『閉鎖的な雰囲気が心理的圧迫』と並べてみると、亡くなられた3曹さんの立場は「とてもヘヴィ」という印象をもった。

 ちなみに「いじめ」を根絶できるかというと、無理なんじゃないかなと思う。「いじめの定義」を作ってやり玉にあげても、形を変えて続くと思う。モグラたたきのように禁止事項を増やして行くと社会の体を為さないところまで崩壊すんぢゃないかと思う(学級崩壊っぽく)。群生動物〜社会を形成する動物の間で優劣の確認てのは不可欠の行為だと思っているので。したがって『いじめ、賭け事は日常茶飯事。言葉による暴力がひどい』よりはマシ、かつ「自殺率が一般公務員と同等なレベル」で済むように、コントロールするほうが現実的なように思う。

 例えば上官が『約2カ月間「おまえは覚えが悪いな」などと言い続け』ないで済む方法。その間になんか一個でも「よし、これはよくやった」的な台詞があるとか、無くてもご本人が「くぬやろ見返しちゃる」と奮起する事があれば、少なくとも自殺は回避できたかもしんない。

 又聞きになるが、空自のパイロット候補生さんは、上空で旋回中に「なにやってんだ違うだろ!」と教官に殴られる事があると言う。どうしても字面にすると、それで墜落したらどーすんだとか、殴るなんて人権がとか*2いう方向にアタマが行きがちだが、要は気合い入れて覚えんかいという事であり、「このミスはそれくらいに重大な事なのだ」と納得できれば殴られたところでそう不快ではないものだ*3

 一般論としては、1〜2回おなじ事を言って聞かせて「覚えない」なら、ポカリとやってしまえば良いのにと思う。少なくともねちねち二ヶ月コトバ責めかますよりゃストレスが軽く済むんではないか。教える方も教わる方も。

 しかしながら、このへんの気分はたぶんかなり字面にしにくい。なにしろ機械的な線引きができないし、そもそも殴ったとか殴られたとかの経験をぺらぺら語るのは安っぽい。さらに第三者から見りゃどっからどうみても「ただの暴力」だ。あるいは、殴られて納得した経験をもってないと「愛の鞭」と「ただの暴力」の見分けが付かないのかもしれない。殴って納得「させる」事も難しくなるように思う。ここで「肉体言語」とか言い出すとまた話がややこしくなんだけど、でも、それだってコミュニケーションのスキルの一つだと思う。機械的な線引きばっかしてると機械的な線引きしかできなくなる。

 自衛隊廃止を目指すなら、殴るなんてもってのほか。隊内いじめを放置してる自衛隊はひどいところだと言ってりゃ済む。それはそれでいい。だがそれにノリ切れない人々と、当の自衛隊の人々はそれでは済まない。

 海上自衛隊護衛艦隊司令部幹部は内部の会議で公然とこう述べています。
 
 「学校で嫌いな先生を辞めさせるためには、わざと殴らせるように仕向ければいいことを知っている者がいる。それを逆手にとって殴らせるように仕向ける隊員がいるのも事実であり、優秀な隊員が処分をもらうのはもったいない」
 
 この発言は「私的制裁」についてのものですが、今回判決で問われた「いじめ」に対する自衛隊上層部の本音が見てとれます。

 しんぶん赤旗自衛隊上層部の本音をどう見てとっているのかは良く理解できなかったが、『わざと殴らせるように仕向ければいいことを知っている者』を恐れて殴れないなら、ではどうやって組織に必要な規律を維持するのかという問題が出てくる。生死に関わる組織ならなおさらマズい。もちろん、旧軍末期のようにのべつまくなしに殴ればいいというもんではないし、憂さ晴らしの為に殴る(私的制裁?)などもってのほかだが

「上官の行き過ぎた言動が黙認される一方、悩みを抱える隊員が外部にアドバイスを求める制度的保障がない」

 のであれば「上官の行き過ぎた言動」のいくばくかでも「誰が見ても分かる形」にビジュアライズ(可視化)したほうが「行き過ぎ」を「妥当な範囲」に丸めやすいのではないだろうか*4。少なくとも兵隊さんを何ヶ月もコトバ責めして自殺に追い込むようでは困る。「いじめ、賭け事は日常茶飯事。言葉による暴力がひどい」では困る。国家公務員平均の倍の自殺率を叩きだしておきながら、その半分以上の原因が分かりませんでは困る。その状態で海外に出た際に、一番キツい目に合ってる人達が軍規を守れませんでしたでは困る。少なくとも「必要最小限の暴力で目的を達成する事」にかけちゃ、自衛隊が世界一でなきゃ困る。

 古人曰く『それが甘ったれなんだ。殴られもせずに1人前になった奴がどこにいるものか。』*5

*1:特に常在戦場が建前の組織は「メンタルヘルスを理由にした休職」には「敵前逃亡」に似た嫌悪感があるだろう。メンタルヘルスに理解がないと言ってしまえば簡単だが、軍を理解しないメンタルヘルスは軍に定着せず、再発防止の役に立たない

*2:あと直列幅座の練習機だったらどうやって殴るんだとか

*3:もちろん、納得「させられる人」ばかりではないが

*4:旧軍でも鉄拳制裁を禁じた偉い人や、不必要に殴り過ぎる風潮を嫌う「上官」もあったという

*5:あまり多用すると白目がなくなるそうです。