憲法よりも上の原則

 一個前の記事で『NHK受信契約そのものが不法である。』と書いた。ググった限りでは『違憲である』という言い回しが多い。なんとなく「違憲」て書くのはやなので「不法」にしたんだけど、それが妥当かどうかはよくわからない。「不法」は解釈に幅がありすぎる。やっぱ「不当」がいいかなぁ。でもそれだと「違法ってほどではないけどあんまよくない」みたいで、ちょっと弱い印象があるなぁ、、、「無法」がいいかな。それはそれで格好良くなっちゃうかな。ぐじぐじぐじ、、、

 表面的な理由としては、自分が教条的護憲論に冷たいってのが一番大きいんだけど、憲法だってニンゲンが書いたテキストなのだから、元というか素材というか、よってきたる理念みてぇのがなんかあんだろという気分もある。趣味的にそこから考えたいというか。考えたほうが面白みが増すっていうか。

 これらの諸原則が舶来品である点が、違憲=絶対悪みてぇな考えのベースにあるように思う。なじみがないから「違憲のナニがわるいの?」って時に答えが用意できない*1。はっきり言ってしまえば思考停止だ。

 ルソーだかホッブズだかベーコンだかが、ひぃひぃひぃひぃひぃじいちゃんな連中とはハラゴナレが違う。『現代になり自由主義(主として経済領域における)の問題点が指摘されるようになり、徐々に変容を見せている。』っつっても土台が猿マネでは応用が効かんのだよ。攘夷かよ。

 だいたいこれ、フランス革命(またはその前の啓蒙思想)から来てんだろ。んで日本の民法てフランス民法の翻訳だろ基本。どんだけ「カイゼン」しても根っこが接ぎ木ぢゃないんかと。

 と、ゆうようなココロのざわざわがある。えすぺしゃりー法律に詳しげな方のカキモノを見てるとき。実はフェアユース推進派の方のカキモノも時々。実はクリコモ推進派の方のカキモノも時々。イマイチ血が涌かないってゆうか紅毛人のエイリアスかよってゆうか。理屈はわかるんだけどね。やっぱ攘夷かよ。

 別にソメイヨシノだって元来は外来種だし、ここでいっぱつ大政奉還ぜよとか、そこまでアレではないんだけど、ヨミモノとして面白いと思うのは大日本帝国憲法のほうだし、ソメイヨシノにくらべりゃ「社会の実情と馴染みきってない部分」があんでねぇのとも思う。著作権のみならずこのへんの「憲法よりも上の原則」を日本は持ってないっていうか、あるにしても弱いんでないかなぁ。

 現行憲法と歴史の連続性は、一応、公布の時の演説で昭和天皇が「五箇条の御誓文」持ち出した事でギリギリキープした形にはなってっけど。

一 広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ
一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
一 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
一 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
一 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ

 だからってこんなもん持ち出すのもどうかとは思うんだけど、ロベスピエールだって宗教道徳を軽視したわけではないし、至高存在とか言ってるし。

 プロテスタンティズムの倫理観は日本社会には無い。商業資本の発展に伴い類似のものが独自に育っていたから明治維新以降の発展があるのだという考え方にははなはだ納得するが、「まったく同じ」ではない。

根っこがパリにあるタケノコてのはそれはそれで貴重だし、それを竹林に育てた人々はそれはそれでスゲェと思うんだけど、情報革命はその竹林に百年に一度の花を咲かせるもんでねぇかと思ってます。

 まぁ、そのほうが面白いってだけですが。ん〜、天地ノ公道とはなんぞや。なんちて。

■関連?

*1:例えば「テレビやラジオを普及させたり、良い番組を国民ぜんぶに提供するにはこっちのほうが効率的ぢゃない?」って時に付け焼き刃な事しか言えなくなってしまう。