『ぞっとする』とか「たおやめぶってる」場合ぢゃないんだよ。

 こんなゆがんだ考えの持ち主が、こともあろうに自衛隊組織のトップにいたとは。驚き、あきれ、そして心胆が寒くなるような事件である。 
 田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長が日本の植民地支配や侵略行為を正当化し、旧軍を美化する趣旨の論文を書き、民間企業の懸賞に応募していた。
 論文はこんな内容だ。
 「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」「我が国は極めて穏当な植民地統治をした」「日本はルーズベルト米大統領)の仕掛けた罠(わな)にはまり、真珠湾攻撃を決行した」「我が国が侵略国家だったというのはまさに濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)である」——。
 一部の右派言論人らが好んで使う、実証的データの乏しい歴史解釈や身勝手な主張がこれでもかと並ぶ。
 空幕長は5万人の航空自衛隊のトップである。陸上、海上の幕僚長とともに制服の自衛官を統括し、防衛相を補佐する。軍事専門家としての能力はむろんのこと、高い人格や識見、バランスのとれた判断力が求められる。
 その立場で懸賞論文に応募すること自体、職務に対する自覚の欠如を物語っているが、田母神氏の奇矯な言動は今回に限ったことではない。
 4月には航空自衛隊イラクでの輸送活動を違憲だとした名古屋高裁の判決について「そんなの関係ねえ」と記者会見でちゃかして問題になった。自衛隊の部隊や教育組織での発言で、田母神氏の歴史認識などが偏っていることは以前から知られていた。
 防衛省内では要注意人物だと広く認識されていたのだ。なのに歴代の防衛首脳は田母神氏の言動を放置し、トップにまで上り詰めさせた。その人物が政府の基本方針を堂々と無視して振る舞い、それをだれも止められない。
 これはもう「文民統制」の危機というべきだ。浜田防衛相は田母神氏を更迭したが、この過ちの重大さはそれですまされるものではない。
 制服組の人事については、政治家や内局の背広組幹部も関与しないのが慣習だった。この仕組みを抜本的に改めない限り、組織の健全さは保てないことを、今回の事件ははっきり示している。防衛大学校での教育や幹部養成課程なども見直す必要がある。
 国際関係への影響も深刻だ。自衛隊には、中国や韓国など近隣国が神経をとがらせてきた。長年の努力で少しずつ信頼を積み重ねてきたのに、その成果が大きく損なわれかねない。米国も開いた口がふさがるまい。
 多くの自衛官もとんだ迷惑だろう。日本の国益は深く傷ついた。
 麻生首相は今回の論文を「不適切」と語ったが、そんな認識ではまったく不十分だ。まず、この事態を生んだ組織や制度の欠陥を徹底的に調べ、その結果と改善策を国会に報告すべきだ。


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軍人さんは武力を預かる。故に「武力を背景にした政治目的の達成」に走られると誰も敵わない。これを阻むため、私見であっても政治への容喙を容認すべきでない。


内面がどうあれ、航空幕僚長の職を預かる者が政府見解と異なる認識を公にすることは「統帥権干犯」の色彩が濃い。もちろん自衛隊統帥権は、国民が内閣総理大臣に付託したものだ。つまりこの場合の「統帥権干犯」は「国民の意思に背くもの」という意味だ。


主義主張の問題ではない。普通選挙で選ばれた国会議員、その信任を得た内閣、その見解を軽んじる軍人は、いかに能力や見識に優れていたとしても、正しい資質を欠いている。


しかし、軍人さんにあるべきこの「フンベツ」は、「この国は黙って従うには足りない国民/国家」と侮られると、崩れる。究極的には「この体制を守る為に死ねるか?」という職業だから。


ご本人の責任とはまた別に、「軍はどうあるべきなのか」の議論を半世紀あまりタブーにしてきたツケは清算してゆかねばならない。


『ぞっとする』とか「たおやめぶってる」場合ぢゃないんだよ。