文化的な色彩の濃い案件

2009.11.5 22:32
 鳩山由紀夫首相は5日の衆院予算委員会で、閣僚間の足並みの乱れを覆い隠そうとして慎重な答弁に終始した。だが、社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相らが持論を展開して、かえって閣内の意見の隔たりが目立つ結果となった。自民党閣内不一致を印象づけるために、国旗国歌や外国人参政権、選択的夫婦別姓などのテーマを集中的に突いた“左派色あぶり出し作戦”が奏功した形だ
 「宇宙ができて137億年、地球ができて46億年がたっている。地球はすべての生命体、ある意味では生命がないものに対しても存在している。どの国でも外国人が生活しているが、多くの意見があるのも事実。議論を煮詰めたい」
 保守派の論客である自民党稲田朋美氏が外国人への地方参政権付与についてただしたところ、首相は「前向きに考えている」と述べる一方、宇宙人的な答弁であいまいにかわした。
 国政参政権についても鳩山首相は過去に容認していた事実を認めつつも、慎重な言い回しに終始した。
 踏み込んだ答弁を避けたのは、連立与党内の意見が割れているからだ。また、自民党からの攻撃をあいまいにかわす思惑もある。だが、そんな思いとは裏腹に、亀井静香郵政改革・金融相は「慎重に考えるべきだ」と力強く否定的な見解を披露。賛成派の岡田克也外相や福島氏らとの溝が浮き彫りになった。
 選択的夫婦別姓制度では首相は慎重論を展開したが、福島氏が答弁を求められていないにもかかわらず挙手。「ぜひ取り組んでいきたい」と述べた。
 この日は、自民党のもう一人の保守派論客、下村博文氏も質問に立った。下村氏は平成11年8月成立の国旗国歌法に反対した菅直人副総理・国家戦略担当相、原口一博総務相千葉景子法相、赤松広隆農水相前原誠司国交相小沢鋭仁環境相、福島氏の7閣僚を名指しし、「国旗を大臣室に掲揚しているか」と迫った。
 福島氏は掲げていることを明言したが、加えて「個人の思想、良心に極めて属している問題だ。学校現場で思想、良心の自由を侵害する形で強制するのは許されない」と答弁。下村氏は「思想、信条の問題ではない。学習指導要領は法規だ」とかみついた。
 衆院予算委における基本的質疑はこの日で幕を閉じたが、閣内の“不協和音”が印象づけられた。(坂井広志)

これら「文化的な色彩の濃い案件」には簡単な結論がない。第一の特徴は、シンプルに左右でタグを打てず、万人が妥協できる策が作りにくく、従って泥沼化しやすい事だ。第二の特徴は、経済が低迷すればするほど、手っ取り早く票になる確率が上がる事だが、第一の特徴の結果、政治的な亀裂も深刻化してゆく事だ。

こうした問題では左右問わず様々な立場があり得るし、連立・単独・与野党問わず、割れ割れに割れるのが「自然」なテーマ群だと思う。

米国で言うと、中絶禁止や進化論教育、そして同性愛者の婚姻や黒人差別の問題など「宗教・倫理・道徳色の濃い問題」や、銃規制や医療保険改革など、「アチラさんの国体護持に関わる問題*1」が、それに当たる。

1)国旗国歌

極右とか極左とか、それら思想的な地点から、国旗国歌に対する態度を決める層は除外する。

  • まず好き嫌いの問題で言うと。
    • 国旗国歌に違和感を持つ層は存在する。
      • しかしこの中にも、「外国暮らししたら、やっぱ「いいもんだ感」が涌いて来たよ!」という層が存在する。
    • それとは別に、スポーツの国際試合で、「いいもんだ感」を持つ層もいる。
  • これらとは別軸で、国旗国歌に対して、どのような敬意を、どのような形で表するのが「適切か」という軸がある。
    • それは個々人の自由であるべきだと思っている派。
    • いや定型ってもんがあるだろ派
      • 定型を明文ルールにするべきだ派
      • いやそれではちょっと派。
    • ここから派生して、起立や斉唱しない公立学校の先生の話題がある。
      • 公立学校の先生でも起立や斉唱しない自由がある派
      • そんな事はゆるされない派
      • ゆるされないてのもなんだけど、国家の禄を喰んでてソレはないんぢゃないの派

どちらかというと「右っぽいとこ」にフォーカスしたカンジになったので、たぶん自分は右だと思うんだけど、その中でも様々な意見があり、割れ割れに割れ得る。

「文化的な色彩の濃い案件」の第一の特徴は、大量の立場が発生し、シンプルな分類が難しく、従って「万人の万人に対する争い」になりがちで、その結果泥沼化しやすい事だ。特にこの問題は、連立与党から不協和音が出て来たとしてもなんら不思議ではないし、一朝一夕に解決する問題でも、またその必要がある話でもない。

余談ながら、自分としては、ここはミズホタソの『(自分は大臣室に国旗を掲げているが)個人の思想、良心に極めて属している問題だ。学校現場で思想、良心の自由を侵害する形で強制するのは許されない』を全面的に支持したい。一方で、下村博文氏の『思想、信条の問題ではない。学習指導要領は法規だ』には、断然攻撃あるのみと考える。
そりゃ税金で喰ってるのに起立も斉唱もしない公立学校の先生は好かんが、彼らの口を封じようとするタイプはさらに好かん。法やルールで起立や斉唱を強制するのは、国家侮辱罪だと思っているからだ。
 愛国心は個人の内面の問題であり、オレの方が愛国的だと誇ったり、アイツは愛国心が足りないと腐したり、ましてそれを定型化しようとすんのは、愛ぢゃない(アレ、これって極右?)。秘してこそ愛(演歌?)。真意を胸に、口を閉ざせ!(どこへいくオレ)。

2)外国人参政権

これは、乱暴に2種類に割る。

  • 特定国籍の外国人に行政を牛耳られては困る。という感覚的な不安。
    • 『地域によって在日外国人比率が高い地域がある。日本人が少数民族で、自分たちの意志が地方政治に反映されないという心配、不満が出てきても困る』(亀井静香さん
  • 代表なくして課税無し。という原理主義
    • 定住し、納税義務を背負ってるなら、応分の参政権があってしかるべきだ。

前者を支持でも、亀井さんのいいぶんは差別臭がつよすぎると感じる方もあるだろうし、後者の中にも、亀井サンの言う事も考えなきゃねぇ、と感じる方があるだろう。ここに、在日朝鮮/韓国人の皆さんという日本固有の歴史的事情と、中国人、日系ブラジル人、印度,パキスタンなどの新型在日外国人のみなさんの扱いが乗って来る。さらにさらにその根底には、われわれ在日日本人は、「事実上の単一民族」の中で暮らしているがゆえに、日本という「文化的な集団」と、日本国という「行政のシカケ」をわけて考える事が難しいという、おそらく世界的に見てもユニークな特徴が横たわっている。

「外国人や異文化圏から来た人々の問題」は、景気の良い時にはあまり紛糾せず、大して票にもならない。経済が低迷すればするほど、手っ取り早く票になる確率が上がる。ただし、あまり多くは得られず、その一方で政治的な亀裂は深まってゆく。

3)選択的夫婦別姓

これには2つのネタがもれなくオマケで付いて来る。子供の名字選択権と、国民総背番号制だ。

  • まず子供の名字選択権だが、産まれたときは夫婦で相談して頂くにしても、成人して「やっぱおとうさん/おかあさんと一緒がいい」とか言い出したらどーすんねん。ちゅ話。その意思を尊重するのか、いつ尊重するのか(成人時限定かエニイタイムウェルカムか)、どのように尊重するのか(合成苗字はアリかナシか、創作苗字はアリかナシか)そして、どここまで戸籍制度にカネかけられるのか。
  • またこの改革は、子供の名字選択権とは無関係に、戸籍制度、すなわち「世帯単位の国民把握マッシィイン」に変容を迫る。これは課税や納税だけでなく、社会保障の給付にも関わって来る。特に民主党が進めようとしている中間団体抜きの直接給付は大きな影響を受ける。従って選択的夫婦別姓は、国民総背番号制、納税者番号制、社会保障番号制、なんと呼んでも一緒だが、「国家が国民一人一人に、ユニークIDを振る」という、明治8年の平民苗字必称義務令いらいの基幹的な制度変更の起点になる。

基本的には、夫婦で相談して別にするなり一緒にするなり、好きにできた方が良いには決まっている。と思う。特に経済的な自立と結婚を両立させている女性の不満や違和感は察するに余りある。
自分としてはコレ進めるべき話だと思うのだけど、どういうペースで、どこまで進めて行くのがよいかは、なんとも言えないところだ。自民や「右」にも、納税者番号を進めたい方はあるだろうし、夫婦別姓は欲しいけど国民層背番号制なんて要らないという人もあるだろう。これもまた左右でキレる話ではない。 
なお、選択的夫婦別姓が単独で成立し、他に影響しない可能性は考慮していない。

4)我が全力を以て敵の分力に応対せよ

さてこれらが『〜などのテーマを集中的に突いた“左派色あぶり出し作戦”が奏功』かと言うと、おれ、ぜんぜんそう思わない。個々の議員さんが好き勝手に戦線を拡大してるだけに見える。しかも、少数派が戦力割ってどうするとゆうカンジだ。

繰り返しになるが、これら「文化的な色彩の濃い案件」は、コンセンサス形成が極めて難しい。万人が妥協できる策が作りにくく、長期化・泥沼化しやすい。また経済が低迷すればするほど、手っ取り早く票になる確率が上がる一方で、政治的な亀裂も深まってゆく。

以上を要するに、バカぢゃねぇの自民?なぜ故人献金一点突破で倒閣のふいんきを醸成せんのだ。ブーメランが怖いの?もう指揮系統ガタガタなの?それとも産経の記者さんが「あらまほしい構図」に基づいて前のめってんの?

*1:銃規制は「腐敗した政府は武力で排除する権利」という、建国の理念と密接に関わっている。医療保険改革に対する反対は、社会民主主義にしか見えないニューディールを「リベラル」と呼んでしまう程「自由」を尊ぶ風土と色濃く関わっている。