教育機関の社会責任(ESR)

企業の社会的責任(きぎょうのしゃかいてきせきにん / 英記:CSR: Corporate Social Responsibility)とは、企業が利益を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任をもち、あらゆるステークホルダー(利害関係者:消費者、投資家等、及び社会全体)からの要求に対して適切な意思決定をすることを指す。日本では利益を目的としない慈善事業(いわゆる寄付、フィランソロピーメセナ)と誤解・誤訳されることもある

コレについては、商業活動それじたいが営利企業の社会責任(まっとうに利益を追求し、まっとうに納税を行い、まっとうに株主配当を出す事)であり、CSRの追求とは会社の成長そのものであるッ!。という考え方もあるのだが、ここではひとまず。「企業の社会責任とは、本業とは別の、エクストラな負荷」だとする。やらなかったからとて非難すべきものではないが、実践する組織はより深い敬意を以って報われるだろう。

ところで「Corporate」は、ゲンミツには「企業」とは限らず、あらゆる「法人」や「団体」を含み得るのだが、国内でCSRゆうたらまず「企業の社会責任」になるので、とりあえず教育機関の社会責任(ESR)」なる造語を勝手にたててみる。

こう云うと、教育とその為の研究にしっかり邁進する事こそがESRであり、ソレ以上を求めるのはオカシイッ!という考え方もあるのだが、ここはひとまず。教育機関の社会責任とは、本業とは別の、エクストラな負荷」だとする。やらなかったからとて非難すべきものではないが、実践する組織はより深い敬意を以って報われるだろう。

と・ゆう考えでEvernoteを漁ってみたところ、候補が三つ出てきた。

1)2012-04-24:夏の電力ピーク時にテレビ放送を休止してはどうか(山口浩) - BLOGOS(ブロゴス)

書いた方には申し訳ないのですが、これは「悪例」とさせていただきます。心情的には「まったくだ!」と思うのですが、本質的に首肯しかねる点が、三つあるためです。

  • a)NIMBYを加速する。:此方は、テレビ休止でお給金が減る立場にありません。したがって上記の「論」は、正論であれ暴論であれ、本質的に「なっと・いん・まい・バックヤード」に過ぎないと思います(尚、自分は教育関係者ではないので、本記事も同列ダロとお考え下さい)。
  • b)職業差別を培養する。:手許では、震災直後の自販機・パチンコ叩きを「マイルドなパニックの中で、普段は隠れている差別意識が剥き身になったもの」つまり「関東大震災における不逞鮮人暴動デマのわりと近い親戚」のように思って居ます。この点で、特定業種に負担を強いる思いつきには、いくばくかの慎重さが必要と考えています。
  • c)言論統制が繁茂する。:敗戦以前の内務省は、紙資源の不足と世論の後押しをバックに「俗悪紙浄化運動」を推進し、新聞社の統廃合や「のらくろ」掲載誌の発禁を「指導」しています。イマドキはWebがあるのでそのへんはOKよとゆう気もするのですが、三種の神器(テレビ冷蔵庫洗濯機)のウチ最も早く世帯普及率が100%に達した「テレビの力」は、いまだ侮るべきでなく、放送の伝播力(一網打尽力?)やテレビの浸透力は今もって捨てがたく、また現在の番組内容がどうであれ「ナニカの不足を起点に言論の多様性を弱める事を説く主張」には、相応の懸念を感じます。

本記事のタイトルは「教育機関の社会責任(ESR)」であって、此方は、それを一身に背負うお立場ではないのですが、その一翼を担う存在は「それを高める発言を心がけるのが社会人」だと思うので、敢えて挙げさせていただきました。「教育機関の社会責任」を「本業とは別の、エクストラな負荷を背負う事」だとするならば、上記の記事には首肯し難いものがあります。

但し。酒の肴や喫煙所のネタとしてならぶっちゃけ乗馬マシンなみに首肯しまくりなので、これでリモコンを駆使して「テレビによる節電」に走る人が増えると面白いなと思います。

2)2011-04-26:「500万kWhを産業界のために」東洋大学、夏休みを延長して8月〜9月の授業・試験を無くし節電に協力:Garbagenews.com

東京都内以外に埼玉、群馬にもキャンパスを持つ東洋大学は2011年4月18日、同大学内の夏休みを延長することにより8月と9月を原則として授業・試験を実施せず、電力ピーク時の期間における電力使用量を最大限に抑制する方針を発表した。大学側ではこの措置により、500万kWhの節電が可能になると試算している(【発表リリース】【当該学生に向けた公知リリース】)。

電力危機なら夏休み延長したらぁ!という気概は、東洋大学の権威を高め、ESRに対する覚悟の程を示す効果があると思います。

もちろん教育機関は社会にとって不可欠なものですが、しかしダイレクトに社会に付加価値をもたらす存在ではありません。この点で税金の投入先としては警察より軍隊に近いものです。ただし、軍備と教育は「効用の発揮点」が反対になります。「危地に軍隊・平時に教育」てなもんで。逆転すると「平和に軍縮・危地には"教縮"」。

東洋大学さんはコレを直球ど真ん中でやらかしたワケで、むしろコッチの方が恐縮してしまいます……もしかして:「本業とは別のエクストラな負荷」って、見栄やハッタリや甲斐性や男気やポトラッチの親戚かもしれません。

ところでコレを先生にとっての「プチサバティカル休暇だ」言い張れるかとゆうと、それはちょっと地味すぎる気もしますがw、学生さんは学費稼ぎのバイトなり、ギャップターム(aka.自分探しの旅)なりの時間を集中して取れる可能性がありそうです。いっそこのまま秋入学まで移行してしまえば「使い勝手の悪い科研費」〜春に申請して来るのが秋なので、実質的な研究期間が短くなるのだとか〜を、幾分かはまっとうに(aka."預け"などという"まっとうでない"手を使わずに)、カイゼンできるかもしれません。

このように。危地を制度で躱して見せるが文系の華(ソフトパワー)。だと思います。早い・安い・巧い。震災一ヶ月でコレを纏め上げる協同体(コ・オペレーション)は侮れません

白山の哲学はダテぢゃねぇw。と思いました。

3)2012-04-10:東工大 国内初 電力自給ビル公開 - 東京新聞

太陽電池パネル四千五百枚を外壁や屋上に張り巡らし、電力会社の供給がなくても太陽光発電などにより自給自足がほぼ可能な東京工業大学の研究施設「環境エネルギーイノベーション棟」(東京都目黒区)が完成し、十日、報道陣に公開された。同大や資源エネルギー庁によると、同種のビルは国内で例がないという。

これに対し、危地を技術でクリアしちゃうのが理系の華(ハードパワー)。だと・すれば。こちらは「こんなこともあろうかと」の極地かと思います。電力自給ができるなら、学の独立イヤ増すこと疑いあるなし。渋い・スゴイ・燃える。それ以前からの計画ではあれ、震災13ヶ月目にコレを形にして出す協同体(コ・オペレーション)は侮れません

東京職工学校はダテぢゃねぇw。と思いました。

感覚的には,むしろ以下のような話のほうが,腑に落ちる.

京都大学原子炉実験所(大阪府熊取町)の研究用原子炉KURは、1964年に臨界に達した古い原子炉(熱出力5000kW)です。建設計画時に、予定地が反対運動によって宇治市高槻市四条畷市と変遷し、熊取町での計画についても隣接する泉佐野市を中心に激しい反対運動が起こりましたが、大阪府に平和利用を監視する審議会を設けることなどを条件に建設が認められた経過があります。

文字装飾オレ。

 感覚的には,むしろ以下のような話のほうが,腑に落ちる.
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 そのころ〔=京大炉が完成して暫くした頃.引用者注〕,確率論的リスクアセスメント(危険度の評価)という考えが出始めた頃であったが,これについても意見を求められた.
 私は,種種の場合に対応して考える方法の一つとしては否定しないが,私自身は殆ど関心がない,と答えた.
 なぜかというと,タクシーに乗って運転手さんから,
「タクシーの事故は走行何万kmに1回という確率です.
 私はまだその半分です」
と言われて安心するお客さんはいない,と思う.
 それより
「いい加減に運転をする者がいて,その人達のを合わせると,そういう確率になるのでしょうが,私はそういう確率とは関係なく,しっかりと安全を守ります」
と言えることが大切,と述べた.
----------------------------『新原子炉お節介学入門』(柴田俊一著,一宮事務所,2005.3.25),p.278

※「事故の確率なん%」的な議論は、「いい加減に運転をする人達に合わせると,そういう確率になるのでしょうが」ゆわれるレベルの話である事。有体に言えば米国式の「どんなワーカーだろうが大丈夫!」的な考え方(例:マクドナルド)の対極を為す思考回路だが、ウマく接ぎ木すると、日本式のKY訓練などに結実するのかもしれない。

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 京大炉建設に際して地元からの条件のうち,安全上の具体的なことより重要視されたのは,原子炉と民家の集落を結ぶ線の中間に,所員の宿舎を建て,家族と共に住む,ということであった.
 事情を理解された結果,194名の所員定数に対して,75という多数の公務員宿舎を割り当てていただいた.
 主な集落が2つの方向にあったので,2つの宿舎群を建設した.
 建設が終わって,地元の町長さんや議員さんたちの視察の際,一番関心を持たれたのはこの宿舎で,
「他の機械は,見ても安全かどうか分からないが,所員宿舎に赤ん坊のオムツが干してあるのを見て安心した」
との言葉をいただいた.
 数十年経って,日本も豊になってくると,早めに広い自宅を取得したいとか,市街地に移りたいという所員が出てきた.
 約束を破る形に成るのは防がなければならない.
 少し制約を緩めて,責任ある役についている者は,なるべく宿舎に留まるか,最低限,町内か隣接市内に住むことを要請した.
 一部に,住居の自由を規定した憲法に違反ではないかという異議が出た.
 では,憲法を優先することにするが,その代わり,役は外して他の人に代えることにする,これは所長の権限であり,責任でもあると伝えた.
 結局,役を代える,という事態にはならなかった.
----------------------------同,p.282-283

※原子炉の安全と住民の信頼確保は、日本国憲法に優先する。これは所長さんのケンリであり,責任でもあるだろう。

凶悪事件と厳罰化

凶悪事件と規制の強化(例)。

  1. 07Q4:佐世保乱射事件(http://goo.gl/tIFZy)→ 高まる銃規制強化の声。
  2. 08Q2:秋葉原通り魔事件(http://goo.gl/Pr3UK)→ 高まるナイフ規制強化の声。
  3. 08Q4:銃刀法改正、可決
  4. 09Q1:同、施行
  5. 09Q2:滋賀県警、TV番組で、6秒ほど猟銃を手に取ったタレントさんを事情聴取(http://goo.gl/s6P5j)。
  6. 09Q3:北海道警、カキ産地で、カキの殻むきが銃刀法違反になり得ると警告(http://goo.gl/ebf17)。
  7. 12Q1:宮城県警、被災地で、十徳ナイフを所持していたボランティアさんを取り調べ(http://goo.gl/KyhgH

※凶悪事件の記憶が生々しいうちに規制強化を図ると、地味な誤爆が増える。といって無為無策では不安が長持ちするだけなので、ここは思案のしどころだ。警察に常識はない。つか警察に「実情に即した弾力的な運用」を求める事はできない。やれば「恣意的な捜査」となり「法の支配」が崩れる*1。もしも5~7を問題視するなら、その責任は「吟味不足の国会議事堂」と、「そこに議員を送り込んだ有権者」にある。

てんかん患者と政治と技術と科学の関係

  1. ある者はてんかん患者の選別を唱える。← 潜在リスクの事前排除
  2. 鉄はデッドマンシステムを紹介する(http://goo.gl/NrxlZ)。← 潜在リスクの事前対策(aka.こんなこともあろうかと化)
  3. Googleは「自動車」ゆうなら「自動で走行」すべきと云う(http://goo.gl/vBlvf)。← 属人特性の排除。

※政治は今日、技術は明日、科学はバクチ。といったとこだろうか。今日の安心は目先の対策で得られるが、そこで明日への投資を怠るべきではない。但し。残念ながらお小遣いには限度があるものだw。いくら「クジは引かなきゃ当たらない」といっても「盲目的なパチンコ通い」は、ベーシック・インカムに含めべきではないだろう。趣味的にはバクチと投資を峻別した上で、googleのように「パチンコ代は自腹で稼ぐ」か、戦前の理化学研究所のように「バクチの金はバクチで稼ぐ」が良いと思うのだけど、その選択権は「国権の最高機関*2」と、「そこに選良を送り込んだ有権者」にある。

殺人と復讐感情

「個人の復讐感情」と「社会による制裁」には温度差がある。後者の目的は「社会秩序の保全/再発抑止の一環」であり、前者の満足ではない。前者は「本能の領域」であり、これはいかなる制度でも止めがたいものだ。

自分は此方に「我慢せぇ」と言えるほど立派ではない。しかし「法的・社会的な正当性」を持たせるべきとも思わない。それは復讐スパイラルのトリガーになる。

正義の味方

政治は役に立つ。技術も役に立つ。科学も役に立つが、どれも「正義」とイコールではない。

文字装飾オレ。

「憎むな、殺すな、赦(ゆる)しましょう」という理念を持ち、悪人といえども懲らしめるだけで過剰に傷つけることはなく、人命は決して奪わない。武器として2丁の自動拳銃を持っているが、もっぱら威嚇と牽制に使い、発砲しても悪人の武器を撃ち落とすためにしか使わない。

ターバンの前面には三日月のシンボルを飾っているが、これは月の満ち欠けを人の心になぞらえ、「今は欠けて(不完全)いても、やがて満ちる(完全体)ことを願う」という理想、「月光は善人のみでなく、悪人をも遍く照らす」との意味が込められている。裏向きの「27日の月」が描かれている図版があるが、誤りである。

この極めて東洋的な正義観は、原作者の川内の実家が日蓮宗の寺だったが影響しているともいわれている。月光仮面の発想は薬師如来の脇に侍する月光菩薩から得られたもので、「正義の味方」という言葉自体も、「正義」そのものの神仏への脇役的位置づけを示すものであり、「決して『正義そのもの』ではない」との意味を込めることに川内がこだわったものだった。川内は本人は「正義の助っ人」との表現を好んだという。

アニメやドラマを見ていると、非常事態になったら騒ぎ出して責任を追及する「ヒステリックな市民」というのが出てくるよね?僕はああなりたくない。

*1:とりわけ7番で警察官の方が『運が悪かったと思って、あきらめて』と言ってるのが「野犬に噛まれたと思って」みたいで笑えるが、法治国家である以上やむを得ない。むしろこのお巡りさん自身も「誤爆被害者の一人」かと思う

*2:日本国憲法第41条

それはアニリール氏だけの事なのか?

1)アニリール・セルカン氏(元東京大学大学院工学系研究科助教)による研究費私的流用疑惑の報道

 東京大は29日、論文盗用などが見つかったトルコ人の元助教アニリール・セルカン氏が使用した研究費のうち、補助金や寄付金など100万円超が私的流用されたことが判明したと発表した。東大はこれらの金額の一部を既に提供機関に返還、残りも返還する方針。 東大は、元助教が2005年に工学系研究科助手に就任して以降、提供を受けた研究費計約1千万円の使用状況を調査。うち、パソコンやデジタルカメラなどの購入費約105万円が私的流用に当たると判断した。
 元助教は、10年3月に学位授与の元となった宇宙ビジネスなどに関する論文で盗用などが見つかり、博士号が取り消された
(共同)

 アニリール・セルカン東京大学大学院工学系研究科助教(以下「アニリール氏」という。)に係る研究費の執行状況について、国立大学法人東京大学における競争的資金等の不正使用に係る調査の手続き等に関する規則(平成19年9月27日東大規則第32号)」第4条に規定する調査委員会を設置し、本調査委員会で平成22年9月から平成23年5月にかけて調査を行った結果、不適切な使用による会計処理が判明しましたので報告します。
 なお、本学の規則上、最終的な事実認定(裁定)を行うにあたっては、本人に弁明の機会を与えることが必要であるため、本学としてはアニリール氏に連絡を試みてきたが、居所不明のため弁明の機会を設定できない状況にある。

 詳細はこちらのPDFファイルをご覧ください。

 研究費1千万に対し1割に私的流用疑惑、、、「それは、こんな仰々しい調査せな発見できんもんなのか?」と思った。これが「論文盗用でもなきゃ見つからんかった」とゆう事なら、世の中「灰色先生だらけ」ではないか。とゆう意味でもある。

2)東大調査の概要

a)目的外支出発見の経緯: 論文盗用事件を受けて後、学内規則に基づく特別調査委員会を編成して調査にあたった結果、判明。
b)調査対象年度はH17〜21度の5ヵ年度。
c)この間にアニリール氏が決裁権限を持った総額は1008万5467円:5カ年度のうち、もっとも研究費が裕福だったのはH18度。H20度がこれに次ぐ。

d)このウチ、調査委が不適切疑惑を持った支出総額は105万7950円:1年あたりの概算では、経費200万に対し20万。比率にして約10.5%。この間、灰色率は右肩上がりで伸び続けている。

  • ※最も裕福だったH18度の灰色率は1.25%に過ぎないが、共同研究のサイフを任されたと思しきH21度の灰色率は(H17度に次ぐ貧窮であるにかかわらず)34.99%にまで伸び続けている。
  • ※この間に、なんらかの学習効果がドライブをかけた可能性を疑うべきだろう。例えば「他人のフリ見て我がふり直す」、「朱に交われば紅くなる」などだ。
  • ※1a〜3cの各項は、それぞれ「別のオサイフ」と思われる。うち3系には灰色支出がまったくない。疑惑は1.と2.。つまりアタマに「本人が代表者等として」がつくサイフに集中している。これらは「決裁と執行を出費者から権限委譲され、実務上の細かい監査をウケないサイフ」と思われる。

3)分析1:各サイフのカモられ度

サイフ別にみた「カモられ度」は「2a. GCOE経費(文科→日本学術振興会)」と、「1c. 共同研究」が高い。

「学者にとっての研究費」というのは、いまいち感覚がつかみにくいが、ひとまず「公務員(や本社部門)にとっての予算」に当て推量しておく。そのココロは「貰ったカネはオレのカネ。使いきらねば損だ損」である。電卓タタキをやる時は、学問の価値がどうだの研究テーマがなんだの、そういうのは八ッ場ダムの治水効果や、整備新幹線の必要性と同じ「我田引水のじゅもん」だ。この例えでは1a〜3c.までの出資者が「水門番」にあたる。眠たい事やっとる門番は、カモられる事だろう。

あるいは「参考書を買うと言ってママに貰ったカネでゲームを買ったら叱られる」でも良いだろう。そこをすり抜けるには練達の技巧が必要だが、電卓タタキをやる時は、ゲームの価値もお勉強の意味もみな同じ「莫迦には見えない服」だ。この例えでは1a〜3c.までが「ママ」や「ママのママ」、あるいは「パパのママ」にあたる。鷹揚すぎるマダムはカモられること請け合いなのだが、納税者の最大公約数はママぢゃねぇ(プライスレス!とか通用しませんw)。

4)分析2:灰色支出の91.62%は、デジカメやPCが占める。


  • ※支出費目でまとめて見ると、灰色支出は「調査時点で所在不明なので私的流用の疑いのある物品購入」が目立つ。ほとんどがデジカメやPCだ。構成比では、これが灰色支出の91.62%を占める。
  • ※端的には大学当局や日本学術振興会が「資産管理」を行えば、こうした灰色支出の91.62%はほとんど抑止できるだろう。具体的には、研究完了後のPC,デジカメなどの物品を回収し、プールして他の研究者に回す、リフォームして売却する、小中学校に寄付する、などだ。
  • 公共工事や農業補助金だって「監査」はあるものだし、有価証券報告書を出す程の企業なら資産管理と少額資産管理は、株主に対する義務だ。この体たらくは「申請来ました!書類おっけー。んじゃ振り込んで、報告書来たら、あとしらね」になってるとしか思えん。資産管理を自治できてない者の言う大学の自治だの研究者の自由だのは、なんか勘違いした中学生と大差ないだろう。

5)おまけ:各サイフのカモられ度詳細

東大調査では個々の支出項目まで木津千里と記載してある。せっかくなので打ち込んでみた。

1a. 寄附金(財団等助成金)


1b. 科学研究費補助金:(文科→日本学術振興会→)

科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金)は、人文・社会科学から自然科学まで全ての分野にわたり、基礎から応用までのあらゆる「学術研究」(研究者の自由な発想に基づく研究)を格段に発展させることを目的とする「競争的研究資金」であり、ピア・レビューによる審査を経て、独創的・先駆的な研究に対する助成を行うものです。


1c. 共同研究


2a. GCOE経費(文科→日本学術振興会→)

学際・複合・新領域も含めたすべての学問分野を対象として、特に、産業界も含めた社会のあらゆる分野で国際的に活躍できる若手研究者の育成機能の抜本的強化と国際的に卓越した教育研究拠点の形成を図るため、平成19年度から、「グローバルCOEプログラム」を実施します。


6)所感:

6a)まず、管理の不在は不正の温床である:この程度の事柄が、論文不正に伴う『平成19年9月27日東大規則第32号第4条に規定する調査委員会を設置』てな仰々しい事やらなきゃ出てこないというのは、ずいぶんヌルいんだな。と思った。これは個人の資質というよりは、監査などのシカケが不在であるか、またはあってもほぼ機能していない可能性を示唆する。繰り返すが「経費の10%が目的外支出」で「その9割がデジカメ・パソコン」で、「学内規則に基づく特別調査委員会でもなきゃ見つからない」てのは、ザルだ。

学内でどういう管理をしてるのか知らないが、2年3年たった後で「あのPCドコ行ったかわかりません」では、管理してるとは言えない。それを避ける為の恒常的な資産管理のシカケがありませんでは、世の中「灰色先生だらけ」と見られても仕方がないだろう。

経費で落としたデジモノがいつの間にか自宅に!。というのは、日本の大企業に通底する悪弊でもある。だから中には「デジカメくらいそう大した事とは思わない」方もあるかとは思う。だがそれらは簿価ゼロ・除却処分になったのをチョッパっているケースがほとんどで、それ以前の段階で紛失が露見した日にゃ追手がかかるのがフツーだ。どれほどユルい企業でも買値20万以下の少額資産は3年は草の根わけても追うものだし、GCOEに見える40万のPCは、その域を超えている。そもそも納税者の最大公約数が、総予算180万の補助金で買った40万のPCを紛失しましたなんて、そんな管理を許容するだろうか。

そーんな細かい事いわれてたら研究なんか出来ねーよ!という気分になる向きもあるだろうが、株式会社では日常業務の一環だ。それがスポンサー(株主)に対する責任の第一歩だから。もちろん学者はサラリーマンより「関取」に近く、大学は「相撲部屋のようなもの」かもしれない。世の中には「良い取組を見せてくれりゃあこの程度w。なんでもないよ!ぜんぜんおっけー!」とゆう気前の良いタニマチもあるだろう。駄菓子可視。「納税者の最大公約数」にソレを期待する事はできない。むしろ株主より厳しいと覚悟すべきだろう。

6b)科研費そのもの、あるいは日本学術振興会の管理体制にも疑問を呈したい。「チェックの不在」は「誰も見てないんだからこのくらい」を生む。「みんなやってる」は「このくらいあたりまえ!」を培養する。本人の言う「私たちはちゃんとやってます!」が通用する事はない。決裁権者と実際の使用者が同一だったり、距離が近すぎる場合、良い事はあまりないからだ。もちろん資産棚卸は楽しい作業ではないが、少なくとも税金を原資とするサイフについては、それが納税者に対する責任かと思う。

6c)科学技術振興費の伸びにも注意を喚起したい。いわゆる「国会版シワケ」で京速京にかみついた亀井善太郎氏のサイトに興味深い資料が載っている。

構造的なチェックを欠く予算が、継続的に増えてゆく場合、必ず「誰も見てないんだからこのくらい」もリニアに増えてゆく。「このくらいあたりまえ!」は、その程度を加速させてゆく。費目や目的や「ばかにはみえないふく」は問題ではない。電卓タタキをやる時は「適正なチェックの仕組みを欠いた支出が、右肩上がりで増えてゆく」この流れが問題だ。

6d)最後に。論文不正と私的流用疑惑は明白な因果関係を持たない。推定有罪で水に落ちた犬を叩きたいだけならまた話は別になろうが、もしも東大が金銭不正の再発防止を考えるなら、論文不正とは別個の対策が必要になる。両者は別の問題だからだ。東大のリリースにはこの観点がない。それを欠いたままにここまで詳しい疑惑資料を公開する意味を、自分は理解しかねる。いやゲンミツには「全頭検査を避けるためのミセシメ」という想像は可能だが。

はたしてこの私的流用は、アニリール氏だけの事なのだろうか?

産経新聞 3月2日(金)13時36分配信

 多数の大学教授らが本来なら返還すべき公的研究費を取引を装って業者に預ける不正経理(預け金)をしていたとされる疑惑で、文部科学省は2日、東大や大阪大など40の大学や研究機関で計約7900万円の不正経理があったと発表した。不正経理の大半は研究費の捻出が目的とみられるが、一部で私的流用があり、公表済みの大阪大の180万円以外に上智大の約480万円が判明した。調査中の機関もあり、総額はさらに膨らむ見通し。
 文科省は平成19年、大学側が納品の検査機関を設けるなど不正を防止するためのガイドラインを作成、20年度から運用されていたが、20年度以降も大阪大の約520万円など14機関で計約600万円の不正経理が行われていた。19年以前は、34機関で計7300万円の不正経理があった。
 調査は東工大で研究費の不正が相次いで発覚したことを受け、昨年8月以降、文科省が国の科学研究費補助金科研費)など公的研究費を受け取った約1200機関を対象に実施した。

『大半は研究費の捻出が目的とみられる』かどうかは関係ない。単年度会計が研究にそぐわないという声も、一切考慮する必要がない。ルール違反で得た金が清くただしく使われる事はないからだ。

GTDとGTK(Getting Things かもすぞコラ)

1)情報は皮膚の外から来る


2)GTDは、リニアに流れるフローのフォロー


3)GTKは、Getting Things かもすぞコラ


4)参考リンク

GTDについてよく知らない人のために、それぞれのリストの役割について簡単に説明しておこう。

受信箱:未処理のアイデアを入れておくところ。デビッド・アレンはこれを「未着手のタスク」と読んでいる。あとで取り組むものを入れておく。ふと浮かびあがった考え、生煮えの意見、「あっ、そういえば……すべきだった」というものをここに入れておこう。
次にとるべきアクション:これは次にすぐやるべきToDoリスト。あと数日のうちに実現すると決めた数少ない物事。
いつかやる/多分やる:いつかやりたいと思っていること――でも、今すぐやるわけではないこと。
プロジェクト:いくつものタスクの集合となっている大きな仕事は「次にとるべきアクション」ではなく「プロジェクト」だ。例えば「オフィスを掃除する」仕事はいくつもの「次にとるべきアクション」からなる(すなわち「ゴミを外に出す」「本棚の本を並べ直す」「書類整理棚を捨てる」)。
資料:次にとるべきアクションを実行するためにあるトピックについて調査したことや、特定のプロジェクトに関する情報をここに入れる。例えば、集めておいたホテルへのリンク集、フライトスケジュール、旅行先の地図など。

・朝、公園を歩いてアイディアを収集する (自宅近くの井の頭公園には、アイディアが空中に漂っているように思われる)。ただし、このためには歩く前に頭の中を問題意識で一杯にしておく必要がある。頭が空っぽの状態で散歩し ても、歩くだけで終わってしまう。
・思いついたことを、歩きながら紙にメモする。
・帰宅したら、すぐにPC入力する。メモは要点しか書いていないので、一日放置すれば何が書いてあるのかわからなくなる。
・ある程度まとまったものは、Gmailの「下書き」に保存する。こうしておけば、仕事場が変わっても、シー ムレスに続けて作業できる。作業結果は 再び「下書き」に保存する。
・原稿の体裁をなすほどになったら、紙にプリントアウトする。

脳を効率よく使うことを考えてはいけない。
脳はもっと、肥沃な大地として実りを願う場です。
(P56)

吉田松陰と福沢諭吉と岡田斗司夫

■来年1月8日(日曜)に、東京の下北沢にて2連続イベントを行います!

懇親会を加えると3連続!!

◆何かが起こるオタキングex入社説明会

・会場:北沢タウンホール2F 第1+2集会室
   東京都世田谷区北沢2-8-18
   TEL:03-5478-8006
・参加料金:無料
・募集人数:100名
・開演時刻:16:15(受付 16:00)
内容:「オタキングexって何なの?」「社員が社長に給料を払うってどういう事?」「な
んで岡田斗司夫は、印税や講演料をもらわないの?」など、オタキングexの不思議を知り
たく有りませんか?
既存のビジネスモデルとは全く違った、評価経済型ビジネスモデル。
オタキングexの経営の秘密が、赤裸々に解説されます。
また、今後のオタキングex関する重大な宣言が有るとか。。。

コレ『あなたを天才にするスマートノート(AA)』のシリの方にもちょろっと書いてあった気がすんだけど、「吉田松陰松下村塾」とか、「福沢諭吉慶應義塾」とか、その並びで「岡田斗司夫オタキングex」、という事な気がする。

吉田松陰 福沢諭吉 岡田斗司夫
 ↑    ↑     ↑  
松下村塾 慶應義塾 オタキングex

評価経済型ビジネスモデル」を化粧箱と見てカネだけ見ると、これは「弟子が謝金で私塾を支える」、あるいは「信者がお布施で教団を支える」と同じものだ。塾頭がひとまず謝金で食っていけるのなら、ヨソで印税や講演料を貰う事はない。むしろフリーミアム&塾生のクチコミで弟子の総数を増やす方が、ビジネスモデルとしては有利だろう。聖書は印税を取らず、辻説法にお代はない。これらの換金のコアは「莫迦には見えない服」である。マンガやアニメやゲームと同じだ。

塾生たちのメリットは、師の講義を聴き・相互に切磋琢磨し勉学にはげむだけでなく、イベントの企画運営・メルマガ発行・などなどの作業にも従事する事で、その果実を実践的に活かし、また体得してゆける事だ。さらにソコで得た人脈を加味して、新たなビジネスを拓いてゆく人もあるだろう。同時に、塾頭自身もその輪の中の一人として、オノレの思索を深めてゆく。みたいな。

そうしたものは就職予備校とは言わない。また単なる研究機関とも呼べない。メルマガの一節だけで妄想をひらげるのも拙速だが、オタキングexは「高等教育機関ミトコンドリア・イブ」とか、「アカデメイアの緒元形態」とかなんとか言い張れるモンかもしれない。

社長 研究(プロフェッサー、アソシエイト・プロフェッサー)
副社長ズ 講義(アシスタント・プロフェッサー、レクチャラー)
社員ズ 学生

もしもこういう形で組織化され、拡大・発展してゆくのなら、卒業生たちは、「いまの自分がご飯を食べていけるのは、あそこでの日々があったお陰」「これは義務。しないのは恥」と「月々ちょっとずつでも寄付」するようになるのかもしれない。パックンがハーバードにそうして居るように。

それがホントの大学(aka.キング・オブ・莫迦には見えない服)とゆう希ガス

単線型学制と複線型学制

 カジュアル衣料最大手のユニクロを展開するファーストリテイリングは、来年にも大学新卒の一括採用を見直す検討に入った。従来の慣行にとらわれない採用方式が、企業に広がる可能性がある。柳井正会長兼社長が朝日新聞のインタビューで明らかにした。
 現在、同社は国内では年1回採用を行っている。新しい方法では、採用時期を通年とし、選考する学年も問わない方式を検討している。柳井氏は「一括採用だと、同じような人ばかりになる。1年生の時からどういう仕事をするか考えて、早く決められる方がいい」と話す。
 具体的には、1年生の時点で採用を決め、在学中は店舗でアルバイトをしてもらい、卒業と同時に店長にするといったコースが想定されるという

『1年生で採用を決め、店舗でバイト、卒業と同時に店長に』という想定モデルは、

  1. まず。学費稼ぎと生活と学業が安定する一方、就職活動と就職留年の時間が省ける。と思った。
  2. さらに。ココに流通科学大あたりがノって、師範学校/士官学校化すると、学制が複線型教育に?と思った。
  3. もしソコまで行けば。戦後式の強力な単線型学制〜およびソレが育んできた意識〜を揺さぶる対案になる鴨な。と思った。

一、

大正年間から太平洋戦争初期までの学制は、現在の学制と異なりグチョグチョ。複線型教育と言うらしい。ちょー複雑なのだが、青空文庫でこの時代の小説を読んでると、いまいちキャラとのシンクロ率が上がらない。

モッタイナイのでざっとWikipediaで上っ面を引っ掻いてみると、12~4歳で義務教育(尋常小学校)を終えた後は、将来の希望(或いは親の資力と本人の資質)に応じて随分とバラけていたようだ。

  • →徒弟学校(工業高校に相当するっぽい)
  • →実業学校(農・工・商などのジャンルと、甲乙丙のヒエラルキーがある)。
  • →専門学校
  • →小学校高等科→実業学校や師範学校
  • →中等学校

わけがわからないw。世の中いろんな生業があるので、それぞれの業界の需要に即して其々の業界が、マメに職人学校や経営者養成所を立ち上げていった結果であるらしい。この先に帝国大学のような「ユニバーシティ」と、文理大、商科大、商業大、工科大、工業大、医科大などの「カレッジ」があるが。もうなんか分岐しまくりでやっぱりわけがわからないw。

さすがにコレは当時の人にとっても複雑すぎたようで、戦中末期に中等教育の年限が短縮され、戦後すぐに中学までが義務化され、今日の『強力な単線型教育』が確立している。

つったって「創立以来の伝統的な校風」は残るものだし、その後のアップデートで徐々に複線型教育に近づいたという声もあるようだが、この戦後式の単線型学制〜およびソレが育んできた意識〜というのは、近年でも「農大や農業高校を描くこと」それ自体が漫画のとっかかりになるほど普遍的なものだ。

※もちろんコレらは「舞台装置として珍しい」から、漫画家サンに選ばれるわけで、それは旧制第一高等学校の寮歌を題に採った少年小説家も同じだろう。

ニ、

裏返すと、今回のユニクロの試みは、「青田買いだ!」とか「大学の意義というものを!」みたいなアレを受けるのだろう。おお。受けとる受けとる(はてなブックマーク)。しかし…構想だけで不買を言うほどイデオロギッシュなこととも思えんが。

ええやんか。別にユニクロが18,9から店長候補を育てたって。たかが一企業の話だ。もしも学生さんが流通経済大学や、流通科学大学で学んで下さるのなら、なおさら結構な話〜就職をゴールではなくスタートと考えるなら、その前の訓練の蓄積がモノを言う〜になると思うが、もちろんユニクロ側も『同じような人ばかり』は取りたくない。そうした学生さんも、学費稼ぎと生活と学業が安定する一方、就職活動と就職留年の時間が省ける。客良し(就職)、店良し(採用)、世間良し(学業修了)。三方良しというものではないかなこのアイデア

それとも柳井社長が「手前どもの分際に応じた精一杯の罪ほろぼしでごぜぇます」とでも言わねばナニカが満たされないのだろうか。

三、

話は変わるが、過去20年で国公立大学は大学数・学生数ともに倍増し、大学進学率は50%を超え、全入時代が言われるようになって久しい。

公立大学について:文部科学省

ならば「大卒」や「教授」、あるいは「大学の意義」は、「継続的なサイコソーシャル・デフレーション(社会的・心理的な価値の下落*1)」の下にあると見るべきだろう。 有象無象の区別なく、水道の哲学は赦しはしない。

産業人の使命は貧乏の克服である。その為には、物資の生産に次ぐ生産を以って、富を増大しなければならない。水道の水は価有る物であるが、通行人が之を飲んでも咎められない。それは量が多く、価格が余りにも安いからである。産業人の使命も、水道の水の如く、物資を無尽蔵たらしめ、無代に等しい価格で提供する事にある。それによって、人生に幸福を齎し、この世に楽土を建設する事が出来るのである。松下電器の真使命も亦その点に在る。

水道の水の如く、大学を無尽蔵たらしめれば、価格は無代に等しいものになる。これによりこの世に楽土が建設されたらその先は、「差別化」や「特色ある製品開発」が必要になるわけだが、往々にして「供給者側のかんがえるイイモノ」に満足できない顧客は「ボクの考えるイイモノへの魔改造」を試みる。

ところで『水道の水は価有る物』であるが、ガクモンの価値は「莫迦には見えない服」である。日本の大学が、その価値を解する善男善女の喜捨浄財ではなく、国民の税金によってキノコりたいなら、いま手をうたなければ、次の20年で「ソレ自体がモラトリアム」と見做す勢力が増えてゆくだろう。もはや「過去の現実歪曲フィールド」が通用する事は考え難い。ハダカノオウサマメンタリティは、イノベイトされねばならない。

四、

方向性は2つある。

  1. 超スーパーウルトラ莫迦には見えない服 → 京大流「白眉計画
  2. 超スーパーウルトラ莫迦でも見える服 → 就職予備校化

ゲンジツには単純な2軸分立に分かれるのではなく、両者を思い思いにブレンドした存在が、xy平面上で生き残れる場所を探しておられる途上かと思う。
ナニカの業界に特化する方向もあれば、マネージメントのようなプロ養成に特化する学校もあれば、「白眉研究者を選抜する伯楽プロジェクト」みたいな高々とした見栄を切って特攻してゆく向きもあるだろう。

蛇足ながら。上記は一軸上にならぶ「二極化」ではない。それは現状を、東大を頂点とする一軸序列化と言い切るのと一緒だ。上段は「課題やテーマを発見してゆく方向」、下段は「課題解決を研究・てほどきする方向」という感じだろうか。

*1:勝手な造語