テキストコンテンツは「テレビ状態」にある

イ)『テレビ』の場合

レッドラインはオカネの流れ。ブルーラインはサクヒンの流れ。

ご覧の通り、「日本のテレビ」は、カネの流れと「番組の価値」が非対応。これは「価値の創造者にとっての金銭報酬」という点では、望ましく無い。断然理想に程遠い。*1

ロ)それぢゃ理想てなんなのさ?

たまに、カラダに命中して痛い!
だが、それが私のギャラだと思うとガマンもできる(笑)

床にはいつくばって硬貨を拾うという行為をするのは、みじめな気分になるのかなと思ったが、まったくそんなことはなかった。働いた甲斐という無形物を、手で拾っているかのような豊かな気分になれた。

話が逸れるが、「かがんで、拾う」という動作は、農林水産業ではティピカルなものだ。虚空に手を伸ばしても通常そこにはナニも無い。逸れついでに、→耕して天に至る。なんちて。

いずれにせよ、「カネの流れ」と「芸の価値」がぶった切れているというのは、、、、それは不自然な事なのよなのよなのよ(エコー)。

ハ)テレビ以外の場合

理想は理想であり、夢にニンベンを付けると儚いになるんやで〜、というのも現実だが、くふうでにじり寄る事はできる。Web以前であれ。Web以降であれ。以下いずれも、カネの流れと「サクヒンの価値」が、「サシで対応」している。

なお、図中の「オヤブン」というのは、「著作利権者」を想定している。自分の理解では、「芸人衆のまとめ役」「ワケマエの配分係」だ。いわば「ファミリーのボス」であり、キレイなものではない。→著作権ハードボイルド。 - agehaメモ

ハの1)Web以前ベース

ゲーム まんが 映画
この「オヤブン」と「プラットフォーム(流通、フォーマット、販売回路)」が合体すると、「芸人衆」に対して圧倒的になりすぎる。

  • ファミコン時代の任天堂
  • ○○先生のサクヒンが読めるのはXXだけ!
  • 日本の映画業界には「興行のとりぶんが多過ぎる」という不満があるようだ。

一つ目の「オヤブン」は、「プラットフォームの三国志化」でやや緩和したが、残る二つは「主要プラットフォームの横並び化」で「事実上の*2圧倒的独占」を達成している。
しかし、それでも、「カネの流れ」と「サクヒンの価値」は、「サシで対応」しているぶん、「テレビ」よりはマシだ*3

ハの2)Web以降ベース

apple amazon
 単独の「プラットフォーム(流通、フォーマット、販売回路)」が、「オヤブン衆」に対して君臨する場合、すなわち「全ての娯楽はここに集まる」場合、プラットフォーム・ホルダーが「全ての娯楽の生死を握る」。

つまりコレ、一見「強欲なオヤブン衆*4」のアタマを抑えて「芸人と見物」を直結するように見えて〜その側面は確かにあるが、最終的には〜、そうでない。芸人も見物も囲いこんで君臨する、「ユニファイド・コンテンツ・ウィンドウ」だ*5。ジョブス猊下Appleを讃えるのに、1984を持ち出すのって、気ぃ狂ってる、あ〜いやいやw、真の信者ではないと思うよオレはw*6

しかし、それでも、「カネの流れ」と「サクヒンの価値」は、「サシで対応」している。そのぶんだけ、「テレビ」よりはマシだ。

※なお、個々のハードをバラして良いの悪いの言っておっては、まったくなにも見えてこない。サクヒンビジネスに軸足を置く場合、個々のハードは「宅配牛乳のビン」に過ぎない。
※もいっちょ「なお」。図中では「デジタル・コンテンツ」と「デジタライズド・コンテンツ」を分けて考えている。前者は「ボーン・デジタル」、後者は「なっと・ボーン・デジタル」。そんだけなんだけど、これで妄想がひらがるものでして。→「デジタル・コンテンツ」と「デジタライズド・コンテンツ」 - agehaメモ
※さらに「なお」。「モノツク利権の共存共栄DRM」〜ダビ10だのCSSだのAACSの類い〜は、消費者の怒りに触れ「バベルの塔」として崩れるサダメにある。消費者の怒りに触れぬようにするには、「商用デジタル・コンテンツの全て」に「プロプライエタリなシェル」を被せ、「外のこと」など忘れさせてしまえばよいのだ。独占嫌いのマカーとしては、望み得る最善は→プロプライエタリ流通の三国志 - agehaメモなんじゃないかと思ふ。

ニ)テレビモデル(aka. Web2.0モデル)がヨロシクない理由。

ニの1)流通が圧倒的に過ぎると、「価値の創造者」に成果に応じた報酬が渡らない(経産省)。

○現在、映画配給会社、テレビ放送局などのコンテンツ流通部門が寡占的傾向にある中で、コンテンツの制作事業者は、製作資金調達、マーケティング等において流通事業者に大きく依存せざるを得ない状況にある。このため、コンテンツ産業では付加価値の多くを流通事業者が取得する構造にあり、コンテンツ自体の価値を創造する生産部門が必ずしも成果に応じたリターンを得られていない状況にある。

ニの2)ゴールドラッシュで富貴になるのはリーバイス*7と決まっている。

ゴールドラッシュとサクヒンビジネスの違いは、金鉱はいつか尽きるが人間の才覚は尽きない事だ49ersは無限に続く。彼らの才を土台に置いて、「持続し得るサクヒンビジネス」を考える場合、日本のテレビ(aka. Web2.0 モデル)は、あれは、、、不自然なのよなのよなのよ(エコー)。
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いやモニタの横に100円投入口があったらチャリチャリ入れるんだがな。こんなカンジ?

バナーとして「機能」させるには、1)HDMI規格にエアシュータが要る。2)HTML規格にpaymentタグが要る。3)HTMLの記述に応じて、表示面に投入口を錬成するモニタが要る。んなもんもう「モニタ」ぢゃねぇw。
でも単発記事だったら10円単位だよなぁ。いくら歌田明弘さんの記事でも、一記事だったら、缶コーヒーどっちって話だし、、、ところで、図をUPしてみるとテニスのガットとか100円ライターなどが思い浮かぶのはなぜだろうなぜかしら。描いてる時は全く考えなかったのだけど。

、、、てのはともかく。ウェブマネー戦国時代とか見てると、早く朝廷が和同開珎とか出さネェかな、などと思ふ。

*1:※素人の模式図なので「なかのひと」は異論があるかも知れないが、知らん。「電波免許の管理人」と「番組著作権保有」は分離してあるべきだと思っているので(放送と製作の分離主義者)。

*2:Virtual

*3:劇場支配人が脚本や配役に口を出す芝居というものは、無い。「テレビ局(放送免許の保持者)のプロデューサー」が脚本や配役の主導権を取るものは「サクヒン」足り得ない。「客寄せイベント」ではあり得る。個々人の努力や腐敗の話ではなく、そういうシカケになっている。

*4:原理的にはオヤブンは、芸人衆に配る原資〜ヤマワケにつかう「ヤマ」〜の最大化を志向する。妥当な価格は「時価」。最大変数は「情緒」。「莫迦には見えない服」は、カタギには扱えない。

*5:実は「ファミコン時代の任天堂」ってコッチのほうが近いんだけど、Web以前/以降で切っちまったので

*6:kindleのお陰で、少しだけ書きやすくなった。

*7:作業着の製造販売